フードリンクレポート


<ライジングシェフ・シリーズ 9>
スカンジナビア料理に挑む、マルチシェフ。
福島 民也氏
株式会社WDI コーポレートシェフ 営業本部副部長

2008.6.11
「イル・ムリーノ ニューヨーク」から「ストーンバーグ」まで多様な料理、そして客単価の業態を展開するWDI。福島氏は約20年間、WDIのキッチンに立ち、マルチブランドを支えてきた立役者だ。現在、コーポレートシェフとしてあらゆる業態の味をプロデュースしている。「料理が大好き」という福島氏の純粋な心にお客は打たれている。


「レインボー・ロール・スシ」のカウンターに立つ福島氏

「センチュリーコート丸の内」7月、「アクアヴィット」10月開店

 1976年、六本木ロアビル階上に会員制クラブ「プレイボーイクラブ東京」として開店し、87年には店名を新たにしてリニューアルした「センチュリーコート東京」が2008年7月、31年目を迎え、クラブレストランセンチュリーコート丸の内として丸の内に移転する。場所は、国の重要文化財にも指定された明治生命館の地下1階。アンティークを配置しつつ、アールデコをほどこした内装。カラオケや今話題のシュミレーションゴルフも導入するという。現代の社交場としての要素も取り入れている。開発がまだまだ続く、丸の内での再スタートは楽しみだ。

 会員施設のクラブハウスと、一般も利用できるフレンチ、和食のダイニングも設ける。フレンチはモダン・クラシックをテーマに三つ星レストラン「ブルノー」で修業した鏡智行氏がシェフを担当。和食は、和食料理長の林滋治氏が二十四節気に合わせて2週間毎にメニューを変える。軌道に乗るまで彼らをサポートし統括するのが、福島氏。

 さらに、WDIは08年10月、北青山にモダン・スカンジナビアン・キュイジーヌ「アクアヴィット」を開店させる。ニューヨークで20年間営業している「アクアヴィット」の海外初となる東京店となる。スカンジナビア料理と言えば、大皿のスモーガスボードを思い出すが、小皿で出される洗練された料理。内装は世界的にも有名なスカンジナビアのモダンなデザイン。レストランは平屋。客単価はディナーで1万5千円。ウェディングにも力を入れる。

「これがスカンジナビア? と驚きます。現在北欧の食シーンはスペインのエルブリの影響も受け、低温調理など最先端の調理技術を使っています。新鮮な魚料理が多いですが、カモ、シカ、そしてトナカイの肉も使います」と福島氏は「アクアヴィット」のメニュー作りに胸を膨らませている。


明治生命館(丸の内)


「センチュリーコート丸ノ内」レストラン イメージ


「センチュリーコート丸ノ内」パーティー イメージ


ヨーロッパに憧れた料理好きな子供

 福島氏が生まれたのは長野県、北アルプスのふもと。料理が大好きで、中学時代から家族に作ってあげると皆に喜ばれるのが嬉しかったという。また、高校では実業団から誘いがあるくらいサッカーに熱中していた。しかし、サッカーでは食べていくのは難しいと料理の道を選択。ホテルやスキー場の厨房でアルバイトを重ねた。

 アルバイト先で聞いた東京の話に憧れ、鶯谷の華調理師学校に入学。「担任の中国料理の先生から就職活動の時に呼ばれて、『有名中国料理店に推薦しといたから』と言われびっくりしました。強制的に中国料理の道に行かなきゃいけないのかなとも考えましたが、翌日、どうしても洋食をやりたいんですと打ち明けて辞退させてもらいました」と福島氏。

「ヨーロッパで働きたいという夢があったんです。卒業制作においては皆は大皿料理でしたが、僕ひとりフルコースを作って浮いていました」とヨーロッパへの強い憧れを抱いていた。

 卒業後、住友倶楽部に就職。大企業の接待施設で、フードコストに捉われることなくのびのびと舌の肥えた住友グループの幹部にフレンチやイタリアンを作った。


WDI入社、カリフォルニア料理店でフュージョンを学ぶ

 本格的な料理を学びたくて、1988年にWDIに入社。カリフォルニア料理店に12年間在籍し、エグゼクティブシェフまで務めた。その間、イタリア研修にも参加。

「その店は、料理スタイルが自由なんです。ベースはフレンチですが、パスタやピザも作りましたし、和の技法やアジアの調理法も用いました。フュージョン料理の走りです。ああでもない、こうでもないと自由な発想で作りました。コスト管理はしっかりと行っており、安い食材を求めて築地や気になる食材の産地を訪ねました。様々な発想を形にすることができました」

「メニューにない料理を出すことが多かった。ひと晩のディナーでも何組かにメニューにないものを提供していました。中には自分で釣った魚を持ってくる方もいました。お客様にとっては自分だけのメニューが楽しめると好評でしたし、WDIもそれを許してくれました」 

 WDIの「一人一人のお客を大切にしようという」姿勢は素晴らしい。そんなWDIの文化を社内に広めていこうと、今年から「WDIカレッジ」という社内講習を始めた。先輩社員が講師となり調理、サービス、語学などを定期的に勉強している。また、社外の料理コンクールにも積極的に参加しようとしている。実際に、2007年の第2回「カリフォルニア ライスマスターズ」で優勝した、澤口力氏は「レインボー・ロール・スシ」で活躍している。


Chef's Fresh Catch of the Day (アクア・パッツァ)


Grilled Domestic Lamb Chop - Palermo


きのこパスタ


カルパッチョ


アボ&サーモン


タルタル


30年続く海外ブランドのようにプライドを持つ

「WDIの中では、トニーローマ三番町店が最も古くて30年近く続いています。親子で、そして3世代に渡って利用いただいている息の長い店です。海外の外食企業はブランドを大切にします。売れないからと安易に改装や業態変更をしようと考えるのではなく、踏ん張って長く愛される店を作ろうとします」

「WDIが目指すのは本物志向。海外からの業態を輸入しても味を日本人向けに変えるのではなく、現地の味そのままに出し続けようと考えます。日本人に受けそうになくてもそのまま。そして、いかにそれを守っていくか。本物を届けたいのです。日本だから違うね、と言われることのないようにしたい。料理を通じて食文化を伝えていきたいと考えています」

 海外と同じ味を作るには様々な苦労もある。同じ食材が日本にあるとは限らない。あるものはそのまま使い、ないものはできるだけ近いものを使う。海外ブランドの調理責任者に日本に来てもらい、共に試食・試作を繰り返し、判断してもらう。もちろん、調理方法も忠実に守り、本物の味を守っていく一方で料理人の個性も活かす。

 日本サイドの料理人がオリジナリティを発揮できる場は、ランチやパーティー料理。しかし、海外の先端の料理に触れられるWDIで働くことは料理人にとってもメリットが大きい。

 海外ブランドが長く続く理由を福島氏に聞くと、「彼らはブランドに対するプライドや愛情を持っています。いい料理を出して、いいサービスをしてリピーターにつなげようという気持ちが強い。数字が落ちてもなんとかしようと、常に進化するとこを考えたり踏ん張りがあります」

 海外との長い経験を基に、海外に通用する日本ブランドを作るプロジェクトも社内でスタートしている。2007年10月にハワイに出店したシシリア料理店「タオルミーナ」はオリジナル業態だ。


シシリア料理店「タオルミーナ」(ハワイ) 店内


シシリア料理店「タオルミーナ」(ハワイ) 店内


マルチブランドで適材適所が実現できる

 福島氏はキッチン社員221名(5月末現在)を束ねている。「WDIには色んな業態があり、自分をステップアップさせるチャンスがあります。カプリチョーザのような業態は料理長が店長も兼務し経営面の数字が分かるようになります。大きなカジュアル業態は人を束ねる指導力が培われます。ファインダイニング業態はクリエイティブ力が磨かれます。社内公募によって好きな店で働くこともできる。適材適所でその人の能力を伸ばしてあげたい。また、飽きないようにしてあげたい。会社にとっては大切な人材です。辞めるより異動ですむなら、その方がいいですから」

 WDIには一度辞めて戻ってきても働きやすい環境がある。しかも、戻ってくると、長く務めるそうだ。

 今、福島氏は本社のコーポレートシェフとして、新規・既存含めて全ての業態に関わり、メニュー開発や指導に飛びまわっている。WDI初の和業態「とんかつダイニング カラット」ではメニュー開発のため、評価の良い店のとんかつを食べ歩いては自分で作ってみたという。その繰り返しでメニューが開発されていく。

 休みの日も福島氏は家で料理を作る。「スーパーに行くのが大好き。食材を見てからメニューを決めます。安いのを見つけたり、新鮮な魚を見つけたら、これで何作ろうかと考える。食べるのが好き。食べていただいて美味しいといわれるのが何よりも好きです。仮に美味しくなくても、反応を聞き次回のまたチャレンジします」

 「料理が大好き」という福島氏の純粋な心にお客は打たれるだろう。終始、ニコニコと話して取材に答えていただいた。仕事の楽しさが伝わってきた。WDIのコーポレートシェフは彼にとって天職だ。



福島 民也(ふくしま たみや)
株式会社WDI コーポレートシェフ 営業本部副部長。1968年生まれ。長野県出身。1988年、WDI入社。カリフォルニア料理店のエグゼクティブシェフを務め、現在は全業態の料理を統括している。

株式会社WDI  http://www.wdi.co.jp/

【取材・執筆】 安田 正明(やすだ まさあき) 2008年5月22日取材