・副都心線開業により人の流れが変わり街に変化が起こる
今回、東京メトロ副都心線が開業するにあたって新しく設けられたのは、周知のように、雑司が谷、西早稲田、東新宿、新宿三丁目、北参道、明治神宮前、渋谷の6駅。このうち、他の路線との乗り換えがない全くの新駅は、西早稲田と北参道の2駅のみである。
また、和光市、地下鉄成増、地下鉄赤塚、平和台、氷川台、小竹向原、千川、要町の各駅は、東京メトロ有楽町線と共同で駅を使っており、池袋はかつての新線池袋駅が使われている。
和光市で東武東上線、小竹向原で西武池袋線と直通運転しており、東武東上沿線の志木、川越、東松山、森林公園など、西武池袋沿線の練馬、ひばりヶ丘、所沢、飯能などに乗り換えなしで行くことができる。逆に言えば、埼玉県西部、北多摩地区、練馬区からは、新宿、原宿・表参道、渋谷などへのアクセスが、池袋で乗り換える手間が省けて、飛躍的に向上したと言えるだろう。
副都心線で西埼玉から渋谷へ直通。写真は西武ひばりケ丘駅
地下鉄では珍しく、急行運転を行っているのも特徴で、停車駅は和光市、小竹向原、池袋、新宿三丁目、渋谷となっている。
これによって当初の予想では、街の活性化において新宿三丁目が最も有利であると言われていた。というのは、ファッション最強の百貨店である伊勢丹の真下に駅ができ、池袋の百貨店顧客を相当程度奪うと考えられたからだ。
また、明治神宮前からアクセスする裏原宿や表参道も、池袋とは競合しない個性派ショップの集積地であるという理由で、急行が止まらないにもかかわらず期待感が高かった。
当方で独自に各社広報に聞き取り調査した結果によると、副都心線が飲食に与えた影響は、チェーン系居酒屋では「副都心線ができたからといって、その効果で顕著にお客さんが増えたとか、減ったということはなかった。あえて言えば和光市の店ではお客さんが増加傾向にある」(ワタミ)といった声に代表されるように、あまり代わり映えしないといった声は多い。
「あまり代わり映えしない」との結果は、チェーン系に限らず、渋谷、原宿、池袋の個店でも多く聞かれ、折からのガソリンや食料品の高騰で消費マインドが冷え込んだ時期と重なったためか、副都心線効果は限定的にしか表れていないようだ。
百貨店でも、新宿、渋谷、池袋の各店が副都心線に近い丸井は、「これといって効果と言えるほどのものは、ほとんどない」としている。
新宿三丁目では副都心線効果が顕著に出ている
一方で新宿三丁目では、「街を歩く人が増えている。今まで人が入ってなかった店までも入るようになった」(エムファクトリー・長谷川勉社長)といった声もあり、街で比較すれば新宿三丁目が一人勝ちの状況となっている。
幾つかの百貨店では「副都心線に近い出入口からの入場者が増えた」(伊勢丹新宿店、西武百貨店渋谷店)と、人の流れが変わってきたことが地域を問わず指摘され、副都心線の駅に近い立地にチャンスが広がっている。
北参道駅出口にスターバックスが出店
新駅では、JRの代々木、原宿、千駄ヶ谷各駅のちょうど中間あたりにできた北参道が、駅名からして“表参道エリアの北の玄関口”
といったイメージを与え、広域渋谷圏のフロンティアとして名乗りを上げた感触だ。南側の駅出口に「スターバックス」が既に進出していることからも、期待して良さそうだ。
さて、概況をさっと述べたところで、個別の駅周辺の副都心線効果について、順を追って見ていこう。
・新宿三丁目の地元に根ざした商売が立ち飲みを成長させた
新宿三丁目の末廣亭界隈と言えば今や、新橋、恵比寿と並ぶ立ち飲みの都内3大聖地の1つである。
そして、立ち飲みブームの起点となったのが、2001年にエムファクトリーが出店した七輪焼きホルモン専門店「新宿ホルモン」だ。同社は03年に、もつ串焼き専門店「日本再生酒場 もつやき処 い志井」を続いて出店して大ヒットとなり、06年もつ煮込み専門店「沼田」、さらに07年3月もつ鍋専門店「盛岡五郎」を、新宿三丁目に順次オープンさせている。
新宿ホルモン 外観
新宿ホルモン 店内
新宿ホルモン カウンター
常に道路にまで顧客があふれている「日本再生酒場」を筆頭に、いずれも繁盛店となっており、4店合わせて1日に500〜600人の集客がある。
顧客単価は「新宿ホルモン」と「盛岡五郎」が3500〜3800円、「日本再生酒場」と「沼田」が2000円ほどで、「新宿ホルモン」か「盛岡五郎」でがっつり食べて、「日本再生酒場」か「沼田」で飲みなおすという、使い分けをしている人も多いそうだ。
男女比は3対7で女性のほうが多い。もつは焼肉に比べてもコラーゲンが豊富に含まれているなど美容と健康に良いイメージがあり、昭和レトロな雰囲気が漂う懐かしい演出がなされた清潔感ある店内で、新鮮な美味のもつを提供したことで、OL層を中心とした若い女性の集客に成功した。
もつ煮込み専門店 沼田
賑わう日本再生酒場
エムファクトリー・長谷川勉社長によれば、「副都心線が開通して以来ウチの新宿三丁目の店は、平日はあまり変わらないですが、土・日・祝日の売り上げは3割増しになっていますね。日本再生酒場は午後3時から開けているんですが、以前なら昼間は空いていたのに、もうオープンと同時にいっぱいになっています。朝から人通りが多くなりましたし、喫茶店はすごい勢いで入っていますよ。全般に人の出だしが早まっています」と、休日に顕著な集客アップがあると証言する。
副都心線効果は、飲食に関しては新宿御苑方面から新宿ゴールデン街、あるいは新南口の高島屋方面まで、新宿の東側のかなりの広範囲に及んでいると、長谷川社長は見ている。
同社が「新宿ホルモン」をオープンした当時の新宿三丁目は、人通りも多くなく、歌舞伎町と新宿二丁目の陰に隠れた存在だった。しかし、大都会の真ん中にありながら、昔っぽさが残っているところにひかれたという。
「新宿三丁目にはヤクザはいませんし、ビルの上にオーナーが住んで、物件を貸したり1階で商売をしているところが多いんです。町会の集まりもいいですし、住民が地元を盛り上げて、地元に根ざした商売をしています。私たちは調布でずっと商売をしてきて、新宿という街は未知の世界でしたが、掃除を手伝わせていただいたり、お祭りの時は交通整理をしたりと、調布でやってきたように街おこしに参加できるのがうれしいです」と長谷川社長。
今後もチャンスがあれば、新宿三丁目に出店したいと、この街にほれ込んでいる。
新宿三丁目の持つ“昭和っぽい街の気質”こそが、スローフード、郷土料理がはやる今の飲食トレンドにマッチしている面がある。長谷川社長のインタビューからは、単に交通が便利になっただけの表面的かつ限定的な特需にとどまらない、新宿三丁目という街の強さが浮き彫りになった。
・新宿二丁目をも活性化させたマルイシティ移転がポイント
新宿三丁目駅は1日あたりの乗降客が4万9000人と想定されており、副都心線の駅では3番目である。東京メトロ丸の内線、都営新宿線との乗換駅でもあり、3つの路線が集まればミニターミナル化したと言ってもいいかもしれない。
新宿駅新南口にある高島屋新宿店や、新宿ゴールデン街の裏手にある花園神社の側にも出口が新設されており、新宿全体の街の拡大に大きく寄与すると考えられる。
各百貨店に副都心線効果を聞いてみると、伊勢丹では「去年は6月30日からセールに入ったので、去年と今年では6月だけ、7月だけの数字を単純に比較できません」としながらも、「地下出入口が、新宿駅に近い側と、新宿三丁目駅改札を出てすぐのところとあるのですが、以前は圧倒的に新宿駅側から入ってきていたのが、今は半々くらいになっています。副都心線ができて人の流れ方が変わりました。夕方6時から7時台の通勤の帰りに立ち寄られる方も増えています」とのことだった。
伊勢丹に直結するB3出口は人通りが絶えない
新宿三丁目駅から高島屋に直結するE8出口
伊勢丹では昨年6月に地下1階の食品フロアーのリニューアルを行っている。立地的にどう考えても有利な同店だけに、これからの動向も目が離せない。
高島屋では、「埼玉県と練馬、板橋といった東京北部のお客様が増えています。開通後から6月末までの期間売上は、約15%の伸びです」と地下で副都心線の駅とつながった効果が出ている。
昨年4月に全館リニューアルを行った高島屋であるが、12〜14階のレストランフロアー「レストランズパーク」は、代官山「カルビアーノ」植竹隆政シェフプロデュースのイタリアン「カノビエッタ」、京都「美山荘」主人・中東久人氏プロデュースの「京都岡崎 美先」など、33店のラインナップの中に瞠目すべき内容を含んでいる。
高島屋新宿店レストランズパーク 緑の遊歩道とテラス
また、13階のテラスで食事ができる屋上庭園、3フロアーの吹き抜け構造、喫煙室の設置など、新しい試みを行っているので一見の価値がある。
新宿三丁目エリアにある、百貨店3店、伊勢丹、高島屋、丸井の各新宿店とファッションビルの新宿三越アルコット間で回遊効果も出始めているように思える。新宿全体では、小田急、京王、ルミネ、アルタの新宿駅前エリアに対して商圏として今後分離していくのか、リンクしていくのか、興味深い。現状では新宿通りを通行する人も増えているようなので、リンクする回遊路と分離する回遊路の2本立てとなる方向であり、新宿三丁目が新宿の副都心化している。
現在、丸井新宿店の中核となる「マルイシティ」は全館改装中のため、明治通りの向かいのビルに「マルイシティ1」、「マルイシティ2」と分散して営業中である。特に「マルイシティ1」は、「新宿バルト9」という9スクリ−ン、総席数1825席のシネコンと同じビルにあり、裏手の新宿2丁目交差点界隈の活性化に大きな影響を与えている。
たとえば、新宿2丁目交差点西南に2軒並んでいる屋台風の串揚げ「日向食堂」と日本そばの「そば蔵」は、いつもサラリーマンや若者でいっぱいだ。
新宿二丁目交差点の繁盛店 日向食堂とそば蔵
さらには、甲州街道に沿って「マルイシティ1」から「大塚家具」を経て新宿駅南口まで、若者の人通りが絶えない動線が形成されている。そこで今後いちばん面白そうなゾーンは、東西は「マルイシティ1」と新宿駅南口、南北は伊勢丹と高島屋をそれぞれ結ぶ道の交点にあたる、新宿4丁目交差点あたりだ。
問題は、来春「マルイシティ」リニューアル完成後、緊急避難させた「マルイシティ1」、「マルイシティ2」の処遇を丸井がはっきり決めていないことだ。もし仮に、丸井が3館を上手に運営したなら、地域活性効果は計り知れない。
一方、末廣亭界隈の立ち飲み系は、先述した「日本再生酒場」、昨年10月に2号店もオープンしたワインバー「マルゴ」、昨年9月オープンのブリティッシュバプ「HUB」のアッパーライン「82 ALE HOUSE」の3店が傑出した集客を誇っているが、香港屋台「九龍」、タイ料理「バーンリムパー」、馬肉料理「馬」、海鮮七輪焼「丸港水産」などユニークな面々がしのぎを削っている。
立ち飲みワインバー マルゴ2号店
82ALEHOUSE
馬は珍しい馬肉専門立ち飲み屋
そのほか老舗健在の焼鳥「庄助」、“三丁目的イタリアン”を掲げる新鋭「クラウディア」、ダイヤモンドダイニングが炉端バル「野生の風」をオープンさせるといったように、エリアの注目度はますます高まっている。
7月19日靖国通り沿いに、旧新宿松竹会館を再開発し、10スクリーン、2237席の東京都心部最大級となるシネコン「新宿ピカデリー」が誕生。地域の飲食にさらなる追い風が吹いている。
・渋谷の本番は4年後の東横線直通、宮益坂側に百貨店移転
渋谷は言うまでもなく、JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン、東急東横線・田園都市線、京王井の頭線、東京メトロ銀座線・半蔵門線が集積する、新宿、池袋に次ぐ都内第3のターミナルである。1996年に埼京線ホームが新設された時は、JR新南口周辺部が注目された。
そして今回、副都心線が開通するにあたり終点となった渋谷は、沿線で2番目の6万人が1日に乗降すると見られ、安藤忠雄氏デザインの駅は、「地宙線(地中の宇宙船)」をイメージした力作である。
「副都心線効果で注目しているのは、明治通りの宮下公園側に13番出口が新しく設置されたことです。飲食店でも、出口の地下鉄ビルディングにあるプロントなどはお客さんがかなり増えたと聞きます。重要なのは、ハチ公口に出なくても、公園通りやファイヤー通り、センター街に行ける新しい動線ができたことで、人の流れも変わってきたということです」と、エリアの経済情報を発信するシブヤ経済新聞では、宮下公園エリアと公園通りなどが、今後回遊性の高まりを背景として緊密にリンクしてくることを示唆した。
実際、西武百貨店では「副都心線開通後のお客様の伸びはほんの2、3%だと思いますが、確かにハチ公口から遠いほうのB館から入場する人は増えましたね。これまではA館から入ってB館に流れるばかりでしたから、人の流れは変わってきました。家族連れと、お年寄りのご夫婦も増えています」と証言している。
パルコでも、「お客様はこころもち増えていますが、副都心線効果なのかはわかりません。ただ、街を歩いている人が増えていることは確かです」とのことだ。
宮下公園エリア活性化への期待が高い13番出口
宮下公園から公園通りにいたる道沿いが今後面白くなる
ココチビルは宮下公園エリアのランドマークになるか
宮下公園〜公園通りへの動線が注目されるとなると、面白いのはファイヤー通りや勤労福祉会館の裏手のあたりである。ワタミによれば「渋谷T.G.Iフライデーズでは、効果は今のところ認められない」ようだが、人の流れが変わればこの界隈にチャンスも出てくるだろう。
また、東急百貨店では駅ビルの東横店で7月13日までの開業後1ヶ月を集計して、前年比顧客数で3%、売上で2%アップした。特に副都心線出口に近い「東横のれん街」の売上がよく5%増。これは「20時から21時の伸びが顕著で、通勤者の利用が増えたとみている」と、やはりターミナル百貨店の強みが出た結果となっている。
渋谷の街全体の空気としては、副都心線開通は変化のほんの前哨戦で、本番は4年後2012年の東横線地下化と副都心線との直通運転と見る向きがほぼ100%である。そうなると沿線の、目黒、世田谷、川崎、横浜方面の顧客が新宿、池袋に奪われてしまうリスクが高まる。
更地となった東急文化会館跡に高層ビルが建ち、東急東横店が移転する
そこで、取り壊された旧東急文化会館が高層ビル化され、東急東横店が移転してくる計画となっている。すると今度は宮益坂方面に人通りができる。そして、現在のJRと東横線の駅ビルは取り壊され、やはり高層ビルとして再生する予定である。そうした一連の再開発がうまくいくかどうかが、中長期的には問題となるだろう。
一方で、宮下公園側出口からキューピー本社、青山通りにいたる渋谷1丁目エリアは、カフェ・カンパニーの「SUS」、ラーメン「七志」、麦の穂が展開する美容がテーマのカフェ「華々美人」、ウイル・インターナショナル「鉄玄 肉匠」、東美とガタイパーソナルスペースデザインによるビストロ「ボングウノウ」など、育ち盛りの飲食企業の出店が目立っている。レストランビジネスの今を感じるなら、旬の場所の1つであろう。
カフェ・カンパニー SUS
華々美人
・宮下公園出口のランドマーク、ココチビルの南欧風カフェ
副都心線の開業効果でもう1つ注目したいのは、渋谷から明治神宮前まで、歩く人が増えているということである。宮下公園側出口から出て、明治通りやキャットストリートをのんびり歩いて、ラフォーレ原宿や表参道に向かうというルートだ。逆に明治神宮前から渋谷まで、歩く人もいるだろう。
そうなると、このエリアで真っ先に必要となるのは、休憩所も兼ねた風を感じるオープンエアのカフェだろう。
そこで、宮下公園側出口からすぐの信号を渡った場所のココチビル3階にある「347cafe」を訪ねた。この店は南仏のリゾートにあるプールサイドテラスをイメージしており、水と緑をテーマにした心地よい都会のオアシスである。
347cafe 店内
347cafe 南仏をイメージしたテラス
347cafe タイ風シュリンプカレーのプレートランチ(1000円)
347cafe ミラノサラミとトマトのサンドイッチ トルティーヤチップ付(1000円)
オープンして4年目に入るが、平日で200〜300人、休日で600人ほどを集客する繁盛店だ。顧客単価は1350〜1400円、ランチで1100円。料理はパスタを中心にランチはカレーやサンドイッチ、いわゆるカフェめし、ディナーはカジアルフレンチ、イタリアン、スパニッシュを織り交ぜて提供する。
顧客層は女性のほうがやや多く、サラリーマン、OL、主婦が中心。夜と休日はカップルが多い。学生はまず来ない大人の店で、渋谷にあって落ち着いた雰囲気がある。
店名は南仏にゆかりが深い、ピカソの連作銅版画「347シリーズ」にちなむ。
経営はユニマットクリエイティブ。ビル自体も元はユニマットグループの所有だったが、今は売却して東急傘下に入っている。ユニマットグループとしては、副都心線開業を見込んで建てたビルであり、当初から売却も想定していたそうだ。
「売上自体は前年比100%で変わっていませんね。ココチビルでもオーナーサイドに聞くと、アパレル9店は伸びていても、物販2店は下がっています。飲食4店はトントンといったところでしょうか。顧客層は若干年配の人が増えてはいますが、ココチビルに入っている映画館で上映する作品の影響もあります。副都心線の影響なのかは、断定できないです」と支配人の棚田俊哉氏は、実は今のところほとんど影響がないと答えた。
まだ、宮下公園側出口の認知度が低いのも、売上に変化がない要因かもしれない。
110席ほどあるが、そのうち店内にあるのは32席のみであとはオープンエアである。このため気温が30℃を超えると客足が鈍り、ランチが入らず、夕方から込んでくる展開になる。また、寒すぎる1月と2月も苦戦する。
今年は6月の終わり頃から暑いので、気候の影響が出ている可能性もある。
しかし、「347cafe」のような都会のリゾートを感じさせる大人の店は、宮下公園エリアの雰囲気にはマッチしていると思われるので、同店とココチビルがこの地域のランドマークになれるのか、ウォッチを続けていきたい。
・明治神宮前の原宿エリア拡大で表参道まで若者が占拠
ところで、渋谷から明治神宮前まで実際に明治通りを歩いてみると、アパレルやファッショングッズの店には面白いものが多いが、飲食店はほとんどないことに気づく。
オフィスビルも結構あるが、ちょっと休憩するカフェもない。中間点を過ぎてしばらく行った、神宮前6丁目バス停前の京セラ原宿ビルには幾つかレストランはあるが、観光客が目を引くものでは全くない。
すると、明治神宮前の駅の出口まで100メートルに迫った、なかなかオシャレなb6ビルがもっと注目されてもいいはずだ。角の取れた長方形を組み合わせたデザイン、都会の真ん中にいることを忘れる緑に包まれた中庭が特徴で、エントランスを入って中庭に面するようにテナントが並んでいる。
しかし、「売上は厳しいですね。ただ感じるのは、渋谷からずっと歩いてくる人が増えたことです。中に入っている店の顔が見えにくいのが、難しい理由でしょうか」と全般にパッとしないようだ。
このビルも、副都心線の開業を見込んで建てられ、前のオーナーから現在のオーナーに売却されている。
飲食6店を含む30のテナントが入ったファッションビルだが、地下1階のニューヨークスタイルのダイニングでライブハウスでもある「トライベッカ」以外の店はほとんど目立たないのが実情である。地下1階とはいっても階段を下りて中庭に直接面した場所にある、インテリアショップ&カフェ「アティック」は、オープンエアではないが、とても快適な緑に包まれたカフェなのだが、顧客はあまり多くない。ビルオーナー、ショップともに、認知度を上げる宣伝を行う努力を期待したい。
さらに歩いて表参道を越え、ラフォーレ原宿の斜め前あるYMスクエアの1階には、天井の高い倉庫風のDJブースやスクリーンが設置された「cafe STUDIO」がある。何でもリニューアルオープンしてほどないそうだが、本格的なエスプレッソや800円のランチ、作家を招いてのトークイベントなどなかなか頑張っている。明治通りに面したビルといっても、奥のほうにあるのでわかりにくく、全般に空いているが、内容の良さが知られてくれば、良質の固定客が通うようになるのではないだろうか。
YMスクエア1階の cafe STUDIO
cafe STUDIO 野菜とそぼろのまぜごはんランチ(880円)
最近の表参道を歩いていて感じるのは、通行している人の年齢層が若く、通りに並ぶブランドショップでは、買物ができなさそうな人が多いことだ。裏原宿の顧客が表まで出てきている印象が強く、大人志向・文化志向のb6ビルや「cafe STUDIO」はその点で定着しにくいのかもしれない。
b6ビルは建築は傑作と言われるが集客は厳しい
b6ビルのカフェ、アティック
しかし表参道ヒルズでは、「副都心線開通で1割ほどお客さんが増えました。今まで原宿駅からは歩くにはちょっと遠かったのですが、明治通りに駅ができたことで近く感じられ、埼玉方面から多くいらっしゃっています」と、自信をのぞかせていた。
表参道ヒルズは副都心線効果で集客好調という
副都心線開業イベントとして行った、エコロジー商品を売る「エコフェス」が集客的に成功したようだが、大人化を進める渋谷を追い出された若者が原宿に移動しているかのような現状から、集客が売上に直結しているかどうかは、もう少し見てみないとわからない。
・北参道が広域渋谷圏の隠れ家エリアとして名乗りを上げた
副都心線の駅でも北参道は、代々木と原宿と千駄ヶ谷のちょうど中間の今まで不便だった場所にできたので、開業効果が期待できるエリアだ。仮の駅名は新千駄ヶ谷であったが、北参道と名づけることで広域渋谷圏に属することをアピールした。原宿警察署のすぐ近くの場所で、周囲はビジネス街、裏手は住宅街である。
元々8年ほど前からあった「サブウェイ」に加えて、今年1月には駅の南側出口のビルに「スターバックス」が新規出店しており、地域のポテンシャルの高さがうかがえる。
明治通り沿いは飲食店の出店が目立ち始めており、当地域に根ざしたもつ鍋の「絵もん」が新しく2号店を出したり、パスタ、スペアリブ、丼、デザートなど多彩なカフェ風メニューを提供するカジュアルダイニング「ジパング」、少し住宅街に入るがアジアンフュージョン「炎龍王」、オムライスが名物のカフェ「ハングルーズ」など、手作り感があふれた隠れ家的な個店が多い。
リーズナブルなランチの評判がいい炎龍王
オムライスが名物の隠れ家カフェ ハングルーズ
騒がしくなりすぎた裏渋谷、裏原宿の喧騒を逃れるには、富ヶ谷、代々木八幡、代々木上原よりもさらにひなびていて、今なら最適な街かもしれない。
北参道交差点の谷になっていて頭上を高速道路が走る感じは、どこか西麻布に似ており、その点からも面白い場所だと思う。
北参道駅前にはファイブフォックス本社などがあり発展が期待される
超人気店のビストロ・ダルテミス
ビストロ・ダルテミス店内
その北参道交差点の西南側には、一昨年にオープンし、最も予約が取りにくいとも噂される「ビストロ・ダルテミス」がある。天井まである高いワインセラー、パリの蚤の市で集めたアンティークと本物のビストロをほうふつさせる内装もさることながら、5000円前後で楽しめるコストパフォーマンスの良い家庭料理や郷土料理が女性に大人気である。深夜も1時まで、日曜も営業しており、夜、休日が寂しいこのエリアでは貴重な存在だ。
同店は副都心線開業とともに、ランチを新たに始めた。1200円で評判の料理を楽しむことができ、ますます地域活性に寄与するのではないだろうか。
・飲食店不足の東新宿、西早稲田、雑司が谷は変化の兆しも
新宿三丁目から1駅の東新宿は、都営大江戸線にも乗り換えられることもあってか、昨年オープンしたホテルサンルートに続いて、8月8日にEホテルが開業するといったように、ちょっとしたホテルブームだ。
しかし、ホテルサンルートには「ロイヤルホスト」と「バーミヤン」、Eホテルの下には「タリーズ」がオープンするが、2つ合わせて約560室もの宿泊施設ができたのに対して、十分な飲食ニーズを満たしているとは言えないだろう。
ホテルサンルート東新宿 ロイヤルホストとバーミヤンが入居
駅上の新宿7丁目交差点付近には、イタリアンをベースにした創作料理「FUMA」、たこ焼き居酒屋「三四郎凧」といった店もあるが、質、量ともに不足している感は否めない。
一方で新設された北側の出口を出れば大久保通りで、西は新大久保駅まで韓国料理店がびっしりと並んでいる。日本人の出る幕はなさそうだ。
東はスーパー三徳の本店があり、奥に都営戸山ハイツが広がっている。明治通りから1本入ったあたりは戸山ハイツの商店街だが、シャッター街と化しており、お年寄りが公園のベンチで腰掛けている姿が目に付く。
戸山ハイツ全般は高齢化が進んでいるようだが、気候のいい時ならいいものの、猛暑、極寒の日は厳しいのではないか。高齢者が集まれるようなコミュニティ機能を持つカフェやレストランが必要に思えた。
東新宿駅北口の戸山ハイツ商店街。シャッターが目立つ
次の駅である西早稲田は、JR・西武・東京メトロ東西線の高田馬場駅、東西線の早稲田駅から微妙に遠い場所にあり、南側の出口を出ると早稲田大学理工学部の大久保キャンパスである。
となれば男子学生の乗降が多いのではなかろうかと推測すると、意外にも女子学生が多いのに驚く。これは、明治通りの反対側に学習院女子大学があるのと、さらに先に早稲田大学文学部の戸山キャンパスがあり、両大学の学生がこの駅を利用するからである。
さて、このエリアの飲食事情は400メートルほど北上して早稲田通りに出なければ、基本的に目ぼしいものはない。サッポロラーメン「えぞ菊」本店があるのが救いである。
サッポロラーメンのえぞ菊と、芦屋手作りシュークリームのスイーツハート
女性が集まるスポットとして唯一、「えぞ菊」のすぐ隣にある、シュークリーム専門店「スイーツハート」では「副都心線ができてから売れ行きが違います。人の流れが変わったのが大きいですね」と、表情は明るい。北海道十勝の生クリームを使用し、1個150円または180円で販売する店内手作りのシュークリーム店だ。季節限定商品も売るが、今は「黒みつきなこシュー」とのことだった。
スイーツハートのシュークリームは女子学生に人気
いくら学生がお金をあまり持っていないとは言え、学校帰りにちょっと立ち寄るようなカフェすら周囲に全くないのはなぜだろう。「スイーツハート」の繁盛ぶりからも何か提案があってもいいのではと思う。
その次の雑司が谷は、都電荒川線・鬼子母神駅との乗換駅である。都電にも雑司ヶ谷駅はあるが、表記が異なるうえに場所も違っている。
雑司が谷駅前ではのどかな中にも街の整備が進む
雑司が谷の隠れ家洋食堂 モズカフェ
鬼子母神は安産・子育の神様であり、参道には昭和レトロチックなひなびた商店街が連なっている。参道をチンチン電車が横切っていく光景は、池袋から1駅とはとても思えないのどかさだ。周囲には学習院大学、日本女子大学、東京音楽大学があり、意外に学生も多い。化ければ、麻布十番のような渋い飲食スポットになる可能性がある。
レトロな雰囲気の鬼子母神参道
参道の商店街にある、隠れ家的なカフェ風洋食レストラン「モズ・カフェ」で、副都心線効果について聞いてみると「開業して最初の1週間はお客さんが増えましたけど、そのあとはほんのちょっとくらいですね」と、少し拍子抜けしたような感じだったが、変化は常に急にくるわけではない気がする。
鬼子母神のすぐ裏には、「zoshigaya miyabi」という今までこのエリアにはなかったビストロが今年2月にオープンしており、変化の兆候は現れている。
「ひなの郷」は三笑亭好楽師匠の娘さんが2年前にオープンした鯛焼き屋で、あずきに豆乳クリームと白玉が入った「子宝鯛焼き」など創作性が高い店だ。
創作たい焼、ひなの郷
さて、この街の名物店はつけめんで有名な「梅もと」。あっさりとしたスープの味もなかなかだが、特徴は小盛1玉から、宇宙盛5玉、ブラックホール盛10玉、果てはクレーター盛25玉まで、全て700円で提供していること。桶に盛られたクレーター盛は尋常の量感ではなく、食べ切れなければ罰金が発生する。
鬼子母神名物、つけめん梅もとは大食いの殿堂
・池袋は年末のエチカ開業を期待、北口風俗街の浄化も進む
最後に、池袋は副都心線で最大の11万1000人の乗降客が想定されているが、旧来の有楽町線新線池袋駅が転用されている。なので、副都心線駅は西口に寄っており、活性化をもたらすとすれば西口方面であろう。
東口のターミナルにある西武百貨店では「プラスもマイナスもない。副都心線開業前と変わらない」、パルコでは「開業直後は一時的に街に人が増えたが、売上に結びついたかはいちがいに言えない」とのことだ。
西口のターミナルにある東武百貨店では、6月14日〜7月13日の商況は売上で4.8%減、入店数で2.7%減と折からの物価高も響いてマイナスとなった。
「ただし、副都心線改札から近い出入口からの入場者は5.7%伸びており、昨年行った食品売場の改装効果も現れています」としている。
意外にも東武は苦戦しているが、日本百貨店協会が調査した6月の東京地区百貨店売上高概況によれば、23店の合計で前年比7.4%減とのことだから、統計を取った期間が半月ずれてはいるが、特に東武の成績が悪いとも言えなさそうだ。
食品に強く、充実度では地域でトップと言われる東武は、飲食店を擁する数も11〜15階のレストラン街「スパイス」を含め約110店になり、百貨店・商業施設では最大級である。しかしそのラインナップは、従来のチェーン重視の傾向がまだ残っており、4年後以降に予定されているレストラン街リニューアルで、東上線沿線住民のニーズをとらえつつどこまで突き抜けるかが課題である。
東武百貨店ではデパチカを昨年リニューアルして副都心線開業に備えた
東武百貨店レストラン街に立ち飲みのくし家が登場
新しく5月30日、13階に新橋ガード下で人気の立ち飲み、大阪串かつ「くし家」がオープン。百貨店内のレストラン街にしては思い切ったリーシングで、やる気が感じられるのがうれしい。
ところで、今年12月には副都心線コンコースに、新商業施設「エチカ池袋」が誕生する。これは東京メトロが「エチカ表参道」に続いて開発するエキナカであり、規模も同じくらいというから、ファッショナブルな25〜30店がオープンする予定だ。飲食も2〜3割ほど入ってくるだろう。
エチカ池袋開業に向け副都心線池袋駅は工事中
池袋の場合、「エチカ池袋」開業が本当の意味の副都心線開業なのであって、効果を一喜一憂するのはまだ早い気もする。
池袋の街を歩いてみて、いちばん変わってきていると思うのは風俗街であった、駅北口の西一番街やロマンス通りで今風の飲食店が増えていることで、これは歌舞伎町と同様に街の浄化の結果であろう。たとえば、「東方見聞録」プロデュースで新業態のやきとん・炭火串焼「電撃ホルモン」1号店が7月15日に、西一番街でオープンするといったように、結構ホットなエリアとなっている。
東方見聞録プロデュースの新業態、電撃ホルモン
大阪王将
そのほか、餃子「大阪王将」、ラーメンの「光麺」や「なんつッ亭」、手羽先「世界の山ちゃん」、立ち食い寿司「魚がし日本一」、レトロ居酒屋「駄菓子バー」などといった新勢力のこだわりを持ったチェーンが大挙進出。
焼肉「牛兵衛」プロデュース「和牛ホルモン一頭買い 大黒堂」、新橋で人気の魚居酒屋「魚金」の原点とも言われる「池袋 魚金」リニューアルオープンも気になるところだ。24時間営業の立ち飲み「帆立屋」、和風魚介スープの創作ラーメン「天翔」など地元勢もユニークであり、男が安く飲むには楽しい街だ。
和牛ホルモン一頭買い 大黒堂
魚金池袋
和風ラーメン 天翔
池袋では街が結束して顧客を呼び込もうという機運が高まっており、副都心線が開業した6月14日と15日には、西武百貨店と東武百貨店が共同でPRブースを駅地下通路に設けるなど、街間競争の激化でかつてのライバルが同志に変わってきている。
豊島区役所でも東口のグリーン大通りからサンシャインの裏手に一周コースのライトレールを通す計画、明治通りを首都高速の地下に潜らせて、駅前の車の通行を禁じてパーク&ライドとする計画など、ドイツの都市のような環境に配慮した大胆な街づくりを進めようとしており、もし実現すれば多大な反響をもたらすと思われる。
池袋駅東口グリーン大通りに路面電車を通す計画がある
このように8.9キロが新設されたにすぎない副都心線は、渋谷と池袋を最短11分で結ぶだけでなく、新宿、渋谷、池袋の人の流れを変え、街間競争の激化によって街づくりに影響を与えている。しかし、これは銀座、新橋、日本橋、秋葉原、上野など東京都心部ではかつて通った道であり、都心部が何本も縦貫する鉄道線を持っているのに対して、やっと2本目ができたということである。
現在、休日の乗降客のほうが1割多いのは、オフィスが都心部に比べて少ないからで、渋谷の再開発が進めば平日の乗降客ももっと増えるだろう。1日15万人との需要予測に対して、毎日新聞7月17日の記事によれば開業1ヶ月の結果は17万4000人と、トラブル続きのわりには予想以上の利用がある。
個々の店では、新宿三丁目以外では特に効果は感じないという声も多かったのは事実だが、人の流れが変わりそれに沿った開発が進むと、中長期的には環境は激変するのではないだろうか。