・大阪と東京の2拠点で、年間40店オーバー
カームデザインは、金澤氏以外に大阪に6名、東京に2名のデザイナーを抱える中堅の空間デザイン会社。金澤氏は大阪府平野氏でパンの製造販売店を営む家庭で生まれ育ち、年少時には大工になりたかったという。工業高校で建築を学んだ後、公共建築の会社に入社。その後、飲食店舗デザインの自由度の高さに感動し、サントリー系の外食店舗デザインを手掛けるサン・スペースに入社。27才で独立した。
「クライアントもなしで独立しました。昼はフリーのデザイナー、夜は飲食店で勤務という生活をつづけました。施工会社からの下請けとしてスタートです。初仕事は、個人のカレーショップ。今でもある店です。気になってちょこちょこ見に行ってます」と金澤氏。
最初にブレイクしたのは、タレントの島田紳助氏が大阪・東心斎橋で自分の所有するビルの4階に、2005年にオープンさせた寿司「はせ川」のデザインを担当した時。
「紳助さんは若い子が好きで、たまたま同じビルの3階のデザインを担当していた僕にも声がかかり、デザイン・コンペに参加させていただきました。3人での競合でしたが、勝ち抜けました」という。ポイントは、鏡を多用して奥行を演出した石庭。当時から、お客の印象に残るものをデザインの中に盛り込もうとしていた。
寿司「はせ川」。右手の石庭が印象的。
・ダイヤモンドダイニングとの出会いは、新宿「つぼみ」
友人の紹介で、2005年当時、店舗数はまだ10店舗にも満たなかったダイヤモンドダイニングとの付き合いがスタート。2005年6月「魚頭健蔵」(東京・芝)、8月「つぼみ」(東京・新宿)、9月「肉屋山本商店」(東京・銀座)、11月「紅葉時雨」(東京・銀座)と、同社の成長とともに立て続けにデザインを手掛けていく。
最も印象的なのが、「つぼみ」の花のつぼみをかたどった個室。多数のメディアに取り上げられ、予約が取れない状況が続いた。ダイヤモンドダイニングのホームページでも、「大阪の新進気鋭デザイナー“金澤拓也”が奏でる空間は情緒溢れる世界が広がります」と紹介されている。ユニークな個室のアイデアは、後の「七色てまりうた」(東京・新宿)の手毬型の個室、「銀座竹取百物語」(大阪・茶屋町)の竹型の個室へと受け継がれていく。
「ダイヤモンドダイニングさんは凄い。初めての仕事なのに、コンペもなく、僕に任せてくれましたから」と、金澤氏は同社に感謝している。寿司「はせ川」とダイヤモンドダイニングの2つの出会いが転機となり、金澤氏は有名デザイナーとしてのポジションを確立した。
「つぼみ」(東京・新宿)。花のつぼみをかたどった個室が印象的。
「銀座竹取百物語」(大阪・茶屋町)。かぐや姫の気分が味わえる個室。
・自己主張をしないから、奇抜なデザインが生まれる
「いつもお客様の印象に残るようにデザインしています。お客様同士の会話になって、別の日に違う人を連れていきたくなる“独特感”を持つ店を作るよう心がけています。それに、料理とサービスが良ければ、お客様の記憶にもっと残ってくれます」
金澤氏は自己主張しない、アーティストにはならない。その意図を込めて「カームデザイン」という社名を選んだ。
「あくまでも、オーナーさんの考えを打ち合わせ、その中で1つ分かりやすいデザインを入れる。オーナーさんと飲みに行ったり、長く話したり、写真を見せたりして、オーナーさんの考えを引き出し、立地と客単価に応じてデザインしていきます」
印象に残る1つの分かりやすいデザインを発想できることが、金澤氏の強みだ。
「いつもぼんやり考えて、ある程度固まってきてから紙に向かいます。机の上で5〜6時間考えても出ない時は飲みに行って家に帰り、朝風呂に入ります。実は、一番思いつくのが朝風呂に入っている時です。毎日、朝風呂に浸かっています」
ダイヤモンドダイニングのファミレス「キャンディー」(東京・豊洲)のデザインは度肝を抜いたが、「キャンディー、キャンディー、飴ちゃん、飴ちゃんと考え続け、あの奇抜な赤いボールのシャンデリアが生まれました」という。
「キャンディー」(東京・ららぽーと豊洲)。赤いボールのシャンデリア。
また、2008年9月に横浜モアーズで開店する「グラスダンス」では、ビール瓶で作られたシャンデリアを生み出した。「緑色のビール瓶が東京で調達できなかったので、大阪で500本見つけて、東京に送って完成させました」とこだわった。
「グラスダンス」(横浜・横浜モアーズ)。ビール瓶で作られたシャンデリア。
大阪で約50店舗を展開するHASSINも、金澤氏の大ファン。「豚の晴れぶたい」では、大きな豚の顔の看板を店頭に掲げた。その豚から「ブーブーブー」と唸る声が聞こえ、何秒かに一度、かわいい声で「ブヒー」と叫びながら鼻から煙が出る仕掛けになっている。
「豚の晴れぶたい」(大阪・梅田東通り商店街)。大きな豚の顔の看板。
また、同社が2008年6月にオープンさせた「新世界じゃんじゃん」(大阪・心斎橋)では、大阪の“おばちゃん”をモデルにして、奇抜な服で新世界を歩いているシーンをカッコ良く撮影し、モノクロ写真で拡大して壁に貼り付けてある。
「新世界じゃんじゃん」(大阪・心斎橋)の看板。大阪の“おばちゃん”に驚かされる。
・デザインの段階で繁盛する店が分かる
「店が繁盛しない一番の理由は、サービス、料理、客単価、そして空間の4つの要素のバランスが崩れているからです。バランスがきれいなら流行ります。客単価2千円であれば、サービスも料理も空間も2千円でなければなりません。どこかが飛び抜けていると流行りません」
「設計段階でオーナーさんの考えていることが分かり、違和感を感じる場合には、『しんどいですよ』と一言いわせていただいたりします。全てにいいものを求めるオーナーさんがいらっしゃいます。例えば、客単価2千円でカッコよくし過ぎたり。それは現実離れしています。お客様は直観で判断して、違和感を感じてしまいます。お客様は、料理は、サービスは、空間はなどと個別に分析などしません。瞬時に直観で感じています」
売れっ子デザイナーとは、話題になる繁盛店を作り続けられる人。金澤氏は店舗視察を重ね、バランスのとり方を学び続けている。
・2名だけの完全個室ブーム
今、2名の完全個室のオーダーが増えているという。個室ブームは長く続いているが、昨年から2人だけの完全個室のオーダーが、東京でも大阪でも増えている。
「4名でなく2名の個室です。最近の若者は大勢で飲むことが少なくなっているのでしょうか。ネットカフェの影響もあるのか、じゃまされたくないと思う若いお客様がいます。そんな店のオーナーさんから、『席数より卓数』を増やせと言われます。2名客が大半の店に4人席を作ると効率が悪い。2名を何卓取れるかを問われます」
「もっと2名席が増えると思います。狭い部屋なんですよ。向かい合って座りますが、すぐ脇に壁があります。大人は嫌がりますが、若者は喜びます。そんな店では、味は問われません。居酒屋が貸しスペースや、ネットカフェのようになってきました」
金澤氏の周りには、最新の情報が次々に集まり、それが、人々が見たこともない奇抜なデザインを発想できる原動力となっている。
・奇抜な高級レストランを作りたい
金澤氏と言えば、多くの一般人を対象とした比較的単価の低い居酒屋やダイニングを連想する方が多い。
しかし、客単価1万円以上の高級店も手掛けている。そこにも印象に残るデザインが施されている。例えば、寿司「はせ川」(大阪・東心斎橋)の鏡を多用した石庭、「御曹司 松六家」(東京・六本木)のファサードにある松の木。
「御曹司 松六家」(東京・六本木)。入口の松の木はイミテーション。
洋風業態の高級店を手がけるのが目下の目標だ。
「洋風のアッパー業態をデザインした実績が少ないんです。友人の戸井田さんがデザインしたヒュージさんの『ダズル』の天井まで届くワインセラーは素晴らしいですね。六本木ヒルズの『リゴレット』の大きなモニターもカッコいい。カームデザインでも、うちがやるとこうなるという店を東京で作らせていただきたいですね」
「高級な店も可能性があります。高単価店でもインパクトがある店を作るアイデアは沢山持っています」と、次なるターゲットを定め、活動領域を広げようとしている。外食市場が低迷する中、奇抜な印象に残るデザインをさせたら右に出るもののいない金澤氏は外食活性化のためのキーパーソンだ。