フードリンクレポート


<空間デザイナー・シリーズ ③>
古材で「長く使っていただきたい」との思いを伝える。
金子 誉樹氏
有限会社スタジオムーン 代表

2008.10.1
居酒屋「くいものや楽」グループ、イタリアン「イル・キャンティ」チェーン、魚専門居酒屋「魚真」(東京・乃木坂)、博多串焼き専門店「ジョウモン」(東京・六本木)など息長い繁盛店をデザインし続けている、スタジオムーン金子氏。古材を使った居心地の良い空気を作る人気の空間デザイナーだ。


青山・根津美術館近くの事務所にて、金子誉樹氏(有限会社スタジオムーン 代表)

古いモノをより良く見せたい

 金子氏のデザインの特徴は、何といっても古材を使うこと。年間40件もの依頼を5人のデザイナーで受け持ち、全国を飛び回っている。

「古い材料ということをクローズアップするとすれば、より良く見せたい。昔のまま使うのではなく、ちょっと前進させてあげたい。 こういう使い方も面白いでしょと提案したい」という金子氏。

 もともと美術好きでインテリアデザインの専門学校で学び、「出来あがった店に自分が行けるのが楽しい。しかも、飲むことが好き」と飲食店専門のデザイン会社に就職。その当時から古材を扱い始め、それを持ち味として26歳で独立した。

「古材の持っている強さがあればいい。新しい材料と古い材料とでは、その場面ではどっちがいいか考えます。新古のミックスの匙加減がスタジオムーンは上手いんです」

「お客様は古材をどこに使っているか覚えていません。店全体を空気として感じています。古材は温かい。いいな、という空気を出す材料の一つです」

「長く使っていただきたいという思いを伝えるのが古材です。実際に、私が作らせていただいた古いものに、『くいものや楽』渋谷店があります。15年以上経っていますが、今も繁盛しています。未だにオープン時の長椅子がそのままあります」と、金子氏は息長く繁盛する店を作り続けている。


新古のミックスでコストダウン

「古い材料は安くありません。新しいものの方が実は安かったりします。費用面を考えるとむやみやたらと使えません。しかし、全体の材料を考えると、古材は使っても5分の1程度に過ぎません。見えない躯体部分は新しい材料を使わないといけませんが、お客様から見ると古材の方が多い感じがします」

「古材の方がお客様から見た時、残るんです。インパクトがあります。見える部分で、半分だけ使っても、古材をたくさん使った店だとお客様から言われるようになる」という。新古のミックスで古材に新しい命を吹き込むとともに、ミックスの匙加減でコストダウンも図れる。

「壁にクロス、床は塩ビシートはまず使いません。壁なら、塗りや和紙を使います。テーブルもベニヤは使いません。年月が経つとただ古く汚れていくものではなく、味が深まる材料を使いたいですね。たまに、古材を使っているのにクロス貼りの店がありますが、そういうのは考えられません。店の出す空気が変わってきます。似ていますが、全く違うものです」と、妥協せずにコストを抑える方法を常に考えている。

 古材を使うと材料だけでなく、加工しづらくて工賃も高くなる。スタジオムーンは専門の職人ネットワークを作り、施工の部分も請け負って、コストダウンを図ってくれる。

 というのも、初めて独立するという個店の経営者からの依頼が多いからだ。特に、「宇野道場」と言われ独立者を多数輩出している、宇野隆史氏率いる「くいものや楽」グループの卒業生が多い。


「くいものや楽」、「イル・キャンティ」に代表される息の長い店づくり

 現在、「くいものや楽」グループのほぼ全店をデザイン。本年4月にオープンした最新店、居酒屋「チンチン 神楽坂 椿々」もデザイン。一軒家の1、2階で計60坪。中を全部壊して改装した。看板も小さく、メニューも出していない。

 そして、「くいものや楽」の卒業生達からの依頼も多い。

 17坪で月商1650万円売り上げるとてつもない繁盛店、博多串焼き専門店「ジョウモン」(東京・六本木)を経営するベイシックスの岩澤博氏も「くいものや楽」の卒業生。岩澤氏が32才で独立した「てやん亭”」(東京・西荻窪)も金子氏のデザインだ。

「ジョウモン」は、六本木・芋洗い坂の寂しい商店街にぽつんとある。雑貨店と駐車場をくっつけて1つの店を作った。歩道側に立ち飲みスペースを設け、店内とはプラスアルファの売上を生み出している。お客の約半数が外国人。景気低迷にもかかわらず、売上記録を更新し続けている。


「ジョウモン」(東京・六本木) 古いモノと新しいモノがバランス良く混在したカウンター


「ジョウモン」(東京・六本木) わざとらしい造り込んだ感を排除し、居酒屋さん独特の「色気」をいかに出せるか。

 さらに、「イタリア式食堂 イル・キャンティ」もほぼ全店をデザインしている。約40店を直営・FCで展開し、ドレッシングが美味いと評判のイタリアン。米ロサンジェルス店もスタジオムーンのデザイン。「くいものや楽」などの居酒屋だけでなく、イタリアンでも古材が生かされている。


「イル・キャンティ クアトロ」(東京・笹塚) 階段の脇に巨大なピザ釜を配置。ここをかすめて席にアテンドされる。


「イル・キャンティ クアトロ」(東京・笹塚) サラダ・ドレッシングが評判。

 また、築地仲買直営の魚専門居酒屋「魚真」もデザイン。東京・乃木坂のガソリンスタンド跡地を低コストで改装。フードリンクニュースの「次に流行る店」コーナーで2007年2月に紹介したにもかかわらず、今も非常に多くの方に閲覧されている人気店だ。「建具もアルミサッシなどを用いコストを抑えています。それでも当たっています。魚が武器なので、逆に作りすぎると面白くない。このお店が繁盛するために何を優先すべきか、それが大事なのです」と金子氏。


「魚真 乃木坂店」(東京・乃木坂) 魚が新鮮で美味しそうに見えればそれだけで十分。


「魚真 乃木坂店」(東京・乃木坂) ガソリンスタンドの居抜きをほぼそのまま利用。都会の真ん中に忽然と出現するこの息抜き場は常に満席。


繁盛のため、経営者の人柄を引き出す

 依頼にきたら、まずは事務所で話を聞いて、すぐに一緒に飲みに行くという。「自分がやりたい店の内容を聞き出したい。どういう料理、どういう接客がしたいか聞きます。そこからわれわれはいかに繁盛するためにお店の方の人柄やソフトを引き出せるか、付加価値をつけるか、楽しいハプニングを誘発させるかなどを、もちろん席数や人件費も減らせるようになど、全神経を使い考えます」

「スタジオムーンが他のデザイン事務所と違うのは、この考え込まれた末にできたレイアウトなのです。末永く繁盛してもらうために、このソフトを具現化したハード、内装は本当に強いものになります。デザインというとどうしても見た目の色や形などを考えてしまいますが、実は、飲食店においてはもっと大事なことがあるのをスタジオムーンは知っています。そこに、いわゆる見た目のデザインをうまく使うと、何とも言えない空気感が生まれるのです」

 金子氏は、今までに400店以上の飲食店をデザインしてきた。しかも、宣伝もせず、全て口コミで依頼が増えていった。「こんな感じで、いつまでも信頼されるデザインをしたい」と常に謙虚な姿勢だ。

 日本料理は世界で人気。日本文化の温かみを伝える金子氏のデザインは世界でも通用するだろう。世界で活躍することを期待したい空間デザイナーだ。


■金子 誉樹(かねこ しげき)
有限会社スタジオムーン 代表。1964年生まれ。東京都出身。インテリアデザインの専門学校を卒業後、株式会社伯デザインに入社。1991年にデザインスタジオムーンを創業。94年に有限会社に改組。2001年にオリジナル商品をメインとする小物雑貨店「月の工房」を東京都板橋区に開店。2004年に国際デザインコンペティションで優秀賞を受賞。現在までに400店以上の飲食店を作りだした。

有限会社スタジオムーン  http://www.s-moon.co.jp/

【取材・執筆】 安田 正明(やすだ まさあき) 2008年9月5日取材