・自分のやり方で、自分のチームを作る
石田氏は厨房機械を販売する父親の影響を受け、調理師を目指す。高校を卒業後、辻調理師専門学校に進む。卒業後、東京・麻布十番の老舗フレンチレストランで2年間修業した。しかし、転向を決意する。
「自分の才能のなさに気づきました。向いてない。一流になるには感性が重要です。舌がもっと優れてないとダメ。漁港で育った人は魚を見る目がある。美味しいものを食べて育った料亭の息子は舌が肥えてる。自分にはない」と、2年間しっかり働いたが別の道を探した。
そして、巡り合うのが、「ラ・ボエム」横浜店。21歳でアルバイトとして働く。
「ワーキングホリデーを使って海外でも行こうかなと思っていました。たまたま『フロムエー』で横浜の『ラ・ボエム』のアルバイト募集を見つけました。当時、グローバル・ダイニングは長谷川実業といい、未だ10店舗もない時代。時給が高かったんです。入ると、経験があったんで重宝がられました。グローバル・ダイニングが急成長の時。社員にならないかと誘われ、取りあえず社員になりました。そして、三宿の『ゼスト』がオープン。そっちに移動して、新川義弘さん(現・HUGE社長)の下で働きました。」
「店長にならないといる意味ないだろうと思い立って、24歳で『ラ・ボエム』南青山店の店長に抜擢されたんです。歴代店長が新川義弘さんや、中村文裕さん(現・ADエモーション社長)という店。新川さんの時代に売上がガンと上がりました。しかし、僕がやったら、見事に売上を落とした。その時の3年間が一番の思い出です。ぼろくそに言われて意地になって働きました。半年落として、後の半年で売上を上げました。」
「店長というものを誤解していました。前の店長が育てた、できるスタッフに任せてしまった。もっと泥くさい仕事をしなきゃいけないのに、勘違いしていた。アルバイトに任せて、統率しきれてなかったんです。」
「自分の中でスイッチが入りました。自分で全部やりました。自分が知らない、出来ないことはないくらい。自分が採用し、元からいる人間も自分と通じる人間だけが残った。厳しく接して、やめる人間はどんどん辞めていきました。昔からの流れを断ち切ったんです。自分の姿についてきた人間達で、自分のチームが出来上がったんです。調理のチーフ、アシスタント・マネージャーも変わりました。同じ事をやっちゃいけない、自分のやり方をしなきゃいけない、と気付いた」と、石田氏。今のスタイルが確立された時代だ。
「サイタブリア」 ダイニングルーム。ウェディングも人気。
プライベートディナー向け個室
食後にくつろげるラウンジ
ファサード。期待に胸を膨らませて階段を上がっていくと、入口ドアが迎えてくれる。
レセプションデスク。左に進むとダイニング、右はラウンジ。
・フラッグシップ、「ゼスト」恵比寿店を立ち上げた
そして、1998年にオープンした、400席の巨大な「ゼストキャンティーナ」恵比寿店の店長に抜擢される。当時のグローバル・ダイニングは株式上場を目指し、出店ラッシュ。人をいくら育てても足りなかった。
「フラッグシップを任されたんで、人材を輩出していくのは僕だと自負はありました。採用、教育、現場のパターンを決めて、教育体制を確立しました。でも、続けても続けても出店が続いた。ひと息ついて、やりたいことができると思ったら、また次の店。ずっと、これの繰り返しなのかな、と思い始めました。」
「スタッフのレベルを上げたい。もう少し、スパンが欲しい。でも、半期くらいで人がどんどん変わっていく。1日千人くらいお客様が来る店でそれに追われました。自分がお客をこなしてる、お客様と見られなくなってきていました。」
「店長としては3年目が大事。1年目は前年を見て、2年目は1年目の結果への振り返りと挑戦、結果を出すのは3年目です。でも、恵比寿店の店長になってから2年半で退社しました。これからの時にこれからの体制が作れない。このまま残って経営幹部になるか、独立するかで悩み、独立を選んだんです」という。石田氏は、グローバル・ダイニングが東証2部に上場した1999年12月の翌年、2000年8月に33歳で退社した。
・2001年9月、「サイタブリア」開店
グローバル・ダイニングを退社した石田氏は、上場で得たストックオプションを元手に、「サイタブリア」を2001年9月にオープンさせる。
「アルバイトでずっとやっていた人間もいた。自分がステージを作ってやろう、自分が夢のある会社をやってやろう、あの会社で実現できなかったことをやりたいと思いました。そして、店は増やさず、自分は1店舗だけでいこうと『サイタブリア』を始めました。」
「恵まれていた。本当にグローバル・ダイニングには感謝しています。あの環境を作った長谷川さんは凄い。権限委譲して、皆に自由にやらせてくれた。凄いです。」
「昔は料理を作ることで自分を表現して喜び、調理師を目指した。サービスって凄く大事なんだなと教えてくれたのが、グローバル・ダイニング。料理は一部にすぎない。サービスがあって、空間があって、それで人は楽しんでくれる。自分が料理を作らなくても、美味しい料理を作れる人と組めば何でもできる、この業界でやれるんだと思わせてくれました。」
・新卒採用を3年前からスタート
石田氏はリッツ・カールトンに刺激されクレドを作り、人材教育に情熱を注いでいる。それが、「サイタブリア」のホスピタリティ・レベルの高さに結びついている。
石田氏のクレド。多数の書き込みがしてある。
「最初は1000円のランチと、朝の4〜5時まで営業していました。しかし、スタッフとのコミュニケーションがとれなくてランチを閉めました。その後、深夜を閉め、その代りランチを復活。そして、2年前からランチを閉め、同じ時間を共有できるよう、昼間は掃除と教育とトレーニングに費やしています。14〜15時に部署ごとにミーティング。15時半から賄い。16時半からの営業前ミーティングに1時間かけてます。予約を共有し、次に、ホールやキッチンにわかれてマインドの教育。クレドを皆で話し合う。テクニックや経験より考え方を共有する。クレドを作って3年、昨日の営業では具体的にこうした方がよい、今日はこうしていこう、と話し合います。」
「ここ5年前から教育のやり方を変えました。アルバイトで時給で働いてもらうと、運営が成り立たない。どんどん人件費が上がって、クオリティ、人件費、売上高のバランスがとれない。また、追求するのはアルバイトじゃ難しい。教育やスピリッツを注入できない。同じ時間を共有できない。社員しかないかなと思い、社員の比率がどんどん上がっていきました。今はほぼ全員が社員。アルバイト1人だけ。それもヘルプ程度です。」
「新卒採用を3年前から手掛けました。飲食経験がない方がいい。中途採用を繰り返しても文化はつくれない。新卒は一からまっさらです。今年の4月から大卒の新卒採用も始めました。7人採用し、ホール4人は全員大卒。採用が全て。グローバル・ダイニング長谷川社長も言ってましたね。素質を見抜く。人間性が一番大事。人格教育は難しい。素直に育ってマインドが強い人がいい。業界に向いている人をまっさらで採用した方が楽だった。」
・プライドを持って働いてもらうために、少しずつ店を増やしたい
石田氏は、3年前から外食の地位向上、すなわち、プライドを持って外食で働いてもらうためには、何が重要か考え始めた。欧米では、チップも含めて年収1千万円を超える、ギャルソン(サーバー)がいる。プライドを持つための究極の要件は収入だと考えている。
「この業界を変えないと。自分たちで変える気がなきゃ。それを変えるステージを僕がつくる。プロフェッショナルなサーバーになりたいなら、その環境はここにある。独立したいならば、学べる環境はここにある。どう進もうがあなた次第。会社は一生面倒みることはできない。でもそれだけの力を付けることはできる、と話しています。」
「サーバーとしてギャルソンとして生きていきたいなら、自分のブランドを作らないと。 ステージは店が用意する。そのために店は常に繁盛してなきゃいけない。ウチから育った人間が出て行けば業界が変わってくるんじゃないかなと思って、ワンブランド至上主義でやってきました。中途半端に店を広げるんではDNAが薄まるだけ。でも、ここにきて、皆のステージを広げるため、少しずつ店を増やしたいと考えています。」
「給料はそこそこ出したいが、利益も必要。今は決して高い給料ではない。将来的には皆に給料をもらって欲しい。最初から給料を上げて売上を求めていくこともできる。しかし、自分たちで稼げる人間を作って行って、お金じゃない価値を与えることを先にやらなければ。自分のお客様を持つことが、独立するときも大事。メールできる、電話できるお客様が何人いるのか、です。」
「店にすれば、お客をもっていかれる。でも、そのスタッフがいないと来ていただけないお客様を作っちゃだめ。『お前休めないよ。そのお客さんが来るなら休みでも出てこなきゃ。なら、そのお客さんを紹介してお店のお客にしなきゃ』と話します。いつも山田君にやってもらってるけど市川君もいいね、となると、お客様も楽しみ方が増える、そんな環境を作っていきたい。」
・景気悪化には、来店頻度を増やす提案
外国人客も多い「サイタブリア」は、9月からのサブプライムローンのショックを受け、9〜10月は売上が厳しかったという。
「景気悪化で、お客様は減りますが、美味しいものは食べたい。人と会う時に家に連れてくるのではなく、通常は外で食べますよね。お店として来店機会を増やす提案ができるかが勝負です。サービスマンが営業マンとしてどれだけお客様とパイプを作れるか、声をかけられるかを強く言ってきましたが、それだけではダメなのかなと思います。」
「何を求めて店に来るか? プライベート感です。昔はもっとプライベート感があったが、今は他所ゆきの店になっちゃいました。接待からプライベートに広がっていかない。お客様の懐具合に合わせて、得した気分を味わってもらわないと次の来店につながらない。」
「今、メニューの価格帯を広げています。客層の幅も広げなきゃならない。客単価は1万円ちょっとですが、食事の仕方次第では1万円以内で収まる、そういう提案も必要です。サーバーのテクニックでお客の懐を察知しなきゃ。お客様は1万円を握りしめてきているのか、2万円持ってきているのか、サーバーが察知する必要があります。実際には、それよりもちょっと下げた提案が必要。2万円だけど1万7〜8千円で終わると、得したな、美味しかったなと思っていただけます。お客様との会話で瞬時に見極めることが必要です。客単価7千円、2万円のお客が混在しているような環境を作りたい。テーブルごとに周りを感じさせない雰囲気づくりです。」
「原点に帰ろう。お客様に楽しんでもらおうと話しています。わがままなことを言うと単価があがるんじゃないか、というお客様の意識をなくしたい。わがままを聞いても、原価や人件費が上がるわけじゃない。サーバーは、知恵を使っているだけ。それで単価が上がるのはおかしい。」
「会計を見た時に、『これでいいの?』と言われたら勝ち。価格のバリエーションを広げていますが、平均したら客単価はそんなに下がっていません。」
「若い方もちょっと増えたが、そちらばかりでなく年配の方も、両方にいろんな使い方をしていただきたい。普段使いできる店になって、お客さんのリピート率を上げたい。」
「お客様が予算を言える環境にしたい。今日はこれくらいで頼むよ、とか。それは、お客様とサーバーとの信頼関係から生まれるもの。」
・厨房はミシュランを狙え
「ここのお客様も3つ星レストランに行くでしょう。2〜3万円の店はウチより食材や空間はいいに決まっています。それと競争してもしかたない。ここだけの料理、サービス、あとバリュー感。同じようなものを食べても、こちらの方がバリュー感がある。こつこつとそれをやっていくしかない。星は、ウチがやろうとしていることに必要なこと。サーバーや飲食の地位を上げるためには利用価値があります。」
「シェフには研究してレベルを上げろと言います。ミシュランは料理が評価の対象なので、キッチンスタッフの技術の向上が命題です。目指せと言っています。自分たちで星を取ったというのが自信になります。」
「手紙が書ける、メールができる、電話が出来るお客様が何人いるか。営業ができるスタッフを何人作れるか。レストランは待ちの営業。お客様が来ないのを、天気や景気のせいにして、攻撃的な営業をしない。どうして待ちなんだ、と思います。常にお客様に発信してコミュニケーションをとって次の予約に繋げていく。そういう関係を常に作っていく。例えば、『お客様のお好みのワインが手に入りました。取っときますよ』というような電話やメールができる関係を作っていく。」
「サーバーは自分で商売やってるようなもの。そんな意識になってもらいたい。そうなれば店を任せても大丈夫です」と言う。石田氏は、単一店舗主義から、新しい展開に大きく舵を切り始めた。「サイタブリア」から、サーバーの1千万円プレーヤーが近い将来、誕生しそうだ。そして、プライドを持って外食で働ける日本に繋がって欲しい。