フードリンクレポート


<ニューヨーク・レポート>
野菜を使ったカクテル、カクテルのフルコースを創り出す注目のミクソロジスト。
山本 幻氏

2009.7.31
フルーツと日本酒・焼酎の組み合わせ、大根、ニンジンを使ったカクテル、テーマを決めたカクテルのコースなど、幅広い素材と酒を巧みに、かつ繊細にmixさせる技術はNYでも珍しい。ニューヨーカーを虜にするそのセンスとテクニックに注目だ。


「Tasting Flight」と名付けられたカクテルのコースは、3杯で$23。左から、トマト、マンゴー、大葉。

納得のいく新鮮な野菜や果物のみを使うこだわり

 マンハッタンのミッドタウンにある蕎麦ダイニング「蕎麦鳥人(そばとっと)」。本格的な蕎麦と酒に合う料理が楽しめ、日本酒や焼酎が豊富に揃う、ニューヨーカーにも人気の店。この店のBarコーナーを任されているのが、山本幻(やまもと・げん)氏、通称“幻さん”。NYでも珍しい、野菜を使ったカクテルやカクテルのコースを創り出す注目のミクソロジストだ。

 マンゴーやピーチ、イチゴといったフルーツを日本酒や焼酎と合わせたり、大根、ニンジン、トマトといった野菜までもを素材としてカクテルを作る。化学的な味は自分の体が受け付けない、自分が納得のいく物を使いたいと、化学香料の入った物は使わず、自然の素材にこだわって新鮮な野菜や果物を使う。そして、個々の素材の特徴を最大限に活かしたいという彼の言葉の通り、単に絞った果汁を混ぜるだけなく、その素材や合わせる酒の種類によって、潰したり、ミキサーにかけたりと、様々な手法でミックスしていく技は、バーテンダーの域を超えたまさにミクソロジスト。


大根のカクテル。幻さんのシグニチャーカクテル。


2006年には、カクテルコンテストで東海岸2位に選ばれた実力の持ち主。鮮やかで無駄のない手つきにも魅せられる。

 ミクソロジストという言葉はBAR文化が根付くアメリカでも聞かれるようになったが、今でもアメリカでBARと言えば、ビールやワインがメインだったり、カクテルもマティーニ、マルガリータやスピリッツを割っただけの物といった、オーソドックスなカクテルが主流である。
 
 「ビールをサーブする人以外は、みんなミクソロジストではないでしょうか。」と幻さんが言うように、アメリカでのミクソロジストの定義は曖昧で、日本のミクソロジストのようなイメージに当てはまる人は少ない。そんな中で、幻さんの果物や野菜を使った繊細な味のカクテルはニューヨーカーの心を捉えている。この店に移ったのは今年の2月だが、幻さんの美味しいカクテルを求めて、日々リピーターが増え続けている。


“Barと言えばビール”からのスタート

 5年前、24歳でバーテンダーとして渡米した幻さんの飲食業界でのキャリアのスタートは日本。18歳で栃木のホテルに就職。その1年後に“東京でしかできないことがしたい”と、その時興味を持っていたお酒の仕事を東京で探し、青山にあるサントリー系列のラウンジでバーテンダーとして3年間働いた。その時、それぞれのお酒の特徴を考えながら、個々の素材を活かしてmixすることの面白さを知る。

 そして、2003年、アメリカ旅行で初めて訪れたNYで強烈なインパクトを受けることになる。「すごく感じるものがありました。ダウンタウンからフェリーに乗った時、その昔、アメリカへの移民の玄関口だったエリス島を見て、移民に感情移入してしまって自然と涙が出てきたんです。普段はそんなタイプではないのに。そして、自分も何かできるのではないか、この地で自分の持っているものを活かして勝負をしてみたいと強く思いました。」

 NYで勝負したいとの決意を胸に帰国した幻さんであるが、NYに何のつてもない彼にとって、NYで働くことは簡単ではなかった。何よりビザの取得が困難で、その後1年間を渡米準備に充てることになる。バーで働きながらさらにお酒の勉強をし、渡米方法を探った。そんな中、運良くビザサポートをしてくれると言う、これからラウンジをオープンさせる予定のオーナーが見つかる。しかし、場所はNYではなくマンハッタンからハドソン川を隔てたニュージャージー。NYへの強い思いがあったが、NY進出のチャンスを伺いつつ、2004年春アメリカでの挑戦がスタートした。

 しかし、その店がある地域はマンハッタンから近いとはいえ、郊外。Barと言えばビールを飲む所である。ミクソロジストが作るようなカクテルを飲むなどという概念は全く無かった。そして、保守的なユダヤ人も多いため、アジア人のバーテンダーというのも受け入れられ辛い。「有名になりたい。」「自分のスキルがNO.1だと認めさせたい。」と意気込んでアメリカへ乗り込んだ幻さんであったが、身に付けたスキルを披露するような機会は無い、程遠い状況からのスタートだった。

 そんな中で、ドリンク関係の仕事はもちろん、イベントの企画、フードの開発、人のマネジメントまで、幅広い業務をこなすことになる。試行錯誤の中、地元顧客の特性を捉え、「お客さん同士のエネルギーを結びつける」ことによって、JAZZ LIVEを開いたり、アートを展示したり、DJを招いたパーティーを企画したりと徐々に顧客の心を掴んでいった。そして、その努力が実り、口コミで輪が広がって、店は繁盛店になっていく。このニュージャージーでの約5年間の経験を経て、現在の店のBarスペース拡充に伴い、その手腕を買われて声がかかることとなった。


「蕎麦鳥人(そばとっと)」のBARコーナー。カウンター10席、テーブル10席のスペースを切り盛りする。


カクテルはもちろん、日本酒、焼酎のメニューも揃う。日本酒、焼酎の知識も豊富な幻さんが品揃えも考える。


高度なテクニックが必要とされる繊細な野菜のカクテル

 幻さんが得意としているのは、新鮮な野菜や果物を使ったカクテル。特に野菜を使ったカクテルはNYでも珍しいが、その理由を聞いてみたところ、「果物より味がデリケートな野菜は、香りやアルコールが強い洋酒にはあまり合いません。度数が低く、味がデリケートな日本酒や焼酎の方が合いやすく、それぞれの個性が活かしやすいと思います。」洋酒が多いアメリカのBarでは、野菜が素材として使われにくいというのも頷ける。デリケートな素材だけに、ミキシングには高度な技が必要となってくるのだ。

 カクテルの素材として使う野菜の種類は幅広く、大根、ニンジン、トマト、キュウリ、枝豆、ショウガ、アニス(フェンネル/ういきょう)、ジャガイモ、カボチャ、トウモロコシなど。それぞれ、メインの素材として使うか、アクセントとして使うか、また、合わせる酒によっても組み合わせの幅が広がるので、そのレシピは相当な数に及ぶ。 

 ニューヨーカーに特に人気が高いのが、大根のカクテル。大根をカットし、コップに入れて軽く潰し、米焼酎、ライム、砂糖を加えて軽くシェイクする。大根は、すり下ろすと辛味が増すので、潰すことで甘みと香りを引き出す。大根の甘みと米焼酎の甘みが良く合い、大根の辛味がスパイスとなっている。さらに上に乗ったミントが香りが、えぐみを消すと共に、アクセントとなって清涼感を演出する。非常に爽やかな、大根の繊細な味わいが引き立ったカクテルである。


大根のカクテル($11)。ニュージャージー時代からリピーターが多い。


この日の大根はカナダ産。NYでは、日本の大根と同じような甘みと水分を持った大根はなかなか無い。


キュウリのカクテル($11)。こちらは、ウォッカベースで、香りのあるキュウリを使い、アクセントに胡椒とシーソルトを加えることでパンチを加えている。上に浮かべられているアニスの葉で香りも添えられている。


カクテルを作る上で大切なのは、「味よりもまず香り。」香りの良い日本の品種のキュウリを使用。

 その他、冬のメニューの一つはジャガイモで、芋焼酎と合わせ、なんとチョコレートも加えたカクテルに。冷たいカクテルにも、温かいカクテルにもできるという。コーンは、そのクリーミーさを乳酸の強いタイプの日本酒と合わせることで調和させたカクテルに仕上げる。


絶妙な調和を成立させるミキシングの方程式

 様々な素材からカクテルを創り出す幻さんであるが、素材として適しているのは、水分と酸味が多い物だという。酒との調和が取りやすいからだ。それらが少ないものは、他の物で補う。例えば、前述の大根のカクテルでは、大根は酸味が少ないので、ライムを加えて補う。ライムの風味と大根の青味も合うからだ。だが、これがレモンだと酸味が出過ぎて、青味も調和しない。キュウリのカクテルでも同様に、ライムの酸味で調整している。つまり、味と香りのバランスを保つために何をどれだけ加えるのかかが重要。まるで方程式のようだ。

 水分の調整も難しく、カクテルにした時の氷が溶ける水分も計算に入れておかなければならない。例えば、トマトのカクテルでは、使っているトマトがオーガニックのトマトで水分が多め。そのため、生のトマトと共に、自家製のトマトのコンフィチュールを加える。そうすることによって濃厚さが増す。さらに、コンフィチュールは沈むので、飲む間に氷が溶けて薄まってきた時、底に沈んだコンフィチュールが味を補ってくれるのである。


自家製のトマトのコンフィチュール(ジャム)。この他、フルーツのコンフィチュールも手作り。


トマトを軽く潰しているところ。素材の特徴や、完成時の味のバランスによって、カットしたり、潰したり、コンフィチュールにしたりと様々な方法で素材を用いる。

 しかし、素材の種類を多く混ぜ過ぎるとバランスが崩れて、調和が保てなくなる。「最低限の材料で素材を活かす」というのが重要なポイントだそうだ。だからこそ、素材選びが非常に重要で、前提としてその素材の特徴と酒の特徴を熟知していないとできないことである。

 野菜や果物は自ら、複数の店舗を回り仕入れる。毎日仕入れるのかと思いきや、2〜3日に一度。「同じ種類の野菜や果物でも、その時々によって状態が違います。均一の状態にするために、コンロールが必要なんです。仕入れておいて、今日使う物、明日使う物、という風に、その素材の状態によって使い分けます。時間を置くのは、余計な水分を飛ばすためにも重要ですね。」手元で管理することで、微妙な状態の違いをコントロールし、一番いいタイミングで使うのである。カクテルの絶妙な調和を成り立たせるためには、これも必要なプロセスなのだ。


テーマで楽しむ、カクテルのフルコース

 マンハッタンの店に移ってから、「話題になって、興味を持ってもらうきっかけになればと考えました。」というのが、カクテルのコース。ある一つのテーマでまとめた3種類のカクテルを順に楽しむ、コース料理ならぬコースカクテルだ。

 ヒントは、日々の仕事の中にあった。「何杯か飲むお客さんに対して、いつも次は何にしよう?と考えます。流れを考えて、前のカクテルと合うお酒、合う素材を選んで次のカクテルを組み立てることは、自然とコースになっているなぁと。そして、一つ共通するテーマを決めた方が面白いと思ったので、テーマを設けるようにしています。」テーマは、その時々によって違う。“イチゴ”であったり、“日本酒”であったり、“今日のオススメ野菜”であったり。

 例えば、イチゴのカクテルコースはベースも全て吟醸酒。1杯目は潰したイチゴとイチゴのコンフィチュールを合わせたものに吟醸酒を注ぎ、2杯目はイタリア産の塩と胡椒を合わせ、イチゴジャムと吟醸酒をシェイク。3杯目はなんと熱燗の吟醸酒の上に、裏ごししたイチゴとジャムを混ぜた生クリームをトッピング。同じ素材とベースを使い、統一感を作り出しながらも三杯三様のコースとなっている。

 今回は特別に、素材もベースのお酒も異なる3つのカクテルでコースを作ってもらった。


「Tasting Flight」と名付けられたカクテルのコースは、3杯で$23。コースで提供された順に手前から、大葉、マンゴー、トマト。


1杯目は、大葉のカクテル。大葉の香りに合うベースは、ジン。レモンとソーダを使ってさっぱりと仕上げている。モヒートに似た香り高い爽やかな味わいで、1杯目にはぴったりである。


2杯目は、マンゴーのカクテル。岩手の地酒「南部美人」をベースに使い、「南部美人」の豊潤な香りをマンゴーのリッチな甘みと合わせている。


マンゴーのコンフィチュールを使うことでさらにマンゴーの濃厚さがアップする。
日本酒ベースのすっきり感はありながらも、1杯目の爽やかさといい対比になる。


最後は、トマトのカクテル。ウォッカベースで、トマトはカナダ産のオーガニックトマト。少し薄めの味のトマトであるため、生のトマトをカットして潰したものに、コンフィチュールを混ぜて使い、塩でアクセントをつけている。

 全体的に、この季節に飲みやすいすっきりとした味でまとめられているが、大葉の爽やかな香り、マンゴーのリッチな甘さ、トマトの程よい甘みと酸味、という展開があり、この順序で飲むことで、コースとしてさらに楽しめる構成となっていた。


 ちょうどこの日、幻さんは岩手の地酒「南部美人」のコースを考案中だった。翌日に行われるイベントに備えてとのこと。拡販やPRのための話題作りとして、ディストリビューターや酒蔵からの依頼で、特定の酒、特に日本酒や焼酎を使ったコースメニューやオリジナルカクテルを考えることもあるという。

 その他、テーマのあるカクテル作りの技術を活かし、フードショーなどのイベントで素材に合わせたカクテルを作ることもあるそうだ。


日本人というベースを活かした店を作りたい

 近い将来、自分でビジネスを立ち上げたいという幻さん。「まずは、店を持つという形で、NYで実現できればいいですね。」と語る。アメリカに来て、「有名になりたい、No.1になりたい。」と思っていた頃から気持ちは変化し、「来てくれているお客さん一人一人と向き合い、自分の感性でいいと思ったものを提供したい。」と思うようになった。また、「日本人というベースがあるので、それを活かしたい。日本の“WABI SABI”を感じることのできる、視覚、聴覚にまで気を配れるような店を作りたい。」と考えている。

 日本文化がNYの地で、カクテルとして、BARという形の中で表現されるのは興味深い。これからますます注目のミクソロジストだ。



■山本 幻(やまもと げん)
ミクソロジスト。1979年生まれ、三重県出身。東京・青山のBARでバーテンダーとして勤務後、2004年に渡米。ニュージャージーのラウンジにてマネージャーを務め、2009年2月よりNYマンハッタン、ミッドタウンにある「蕎麦鳥人」にて勤務。

蕎麦鳥人 Soba Totto
Soba Totto211 E. 43rd St. (bet. 2nd & 3rd Ave)
TEL: 212-557-8200

山本幻氏 Webサイト

【取材・執筆】 村田 麻未(むらた あさみ) 2009年7月8日執筆
株式会社リクルートにて人材ビジネス領域で商品企画を担当。2006年7月から夫の転勤に伴い、NY在住。2008年一時帰国し、カフェ・カンパニー株式会社に勤務後、2009年4月より再びNYへ。食に関する気になる最新情報をレポート中。趣味は、レストラン巡りと料理。