・「日本再生酒場 もつやき処い志井」立ち飲みもつやき専門店(東京/丸の内)
狭い店内に客足が絶えず、通路の遠くからもひと塊に立ち飲み客が見てとれる。ここは、エレガンスと重厚感の融合がコンセプトである新丸ビルの一角。そのスタイリッシュなビルの飲食フロアに忽然と現れるのが立ち飲みの「日本再生酒場
もつやき処い志井」である。オープンから2年半、変わらない盛況振りで新丸ビルの顔のひとつとも言えるほど。利用客は男性がほとんどかと思いきや女性客も多く見られる。
運営するのは立ち飲み居酒屋の元祖と言っても過言ではない「い志井グループ(株式会社ビーヨンシイ
代表 石井宏治・有限会社エムファクトリー 代表 長谷川勉)」。1950年の創業当時、一店舗目は中野で4人の立ち飲み屋台であった。その後「女性が気軽に入れるやきとり屋」をオープンしたり、ホルモンをメイン食材とした各種業態を開発するなど新しい切り口で居酒屋の幅を広げてきた。今月23日には同グループの100店舗目となる「日本再生酒場」が博多にオープンの予定。
ダンボール地に白い紙を貼っただけのメニューブック、ビールケースで作られたハイテーブルなど、粗雑そうに見え実は綿密なこだわりで作りあげられた新丸ビルの同店は昭和レトロの空気を存分ににじませそして清潔感がある。
ビールケースで作られたハイテーブル
内装の雰囲気づくりによる入り易さに加え、最大のウリは新鮮な「モツ」とその丁寧な下ごしらえ。ぷりぷりの食感が串焼きスタイルで一本140円から注文できる。今年は特に「ホルモンヌ」(ホルモンからコラーゲンを摂取しようと好んで積極的にホルモン焼きを食べる女性達のこと)という言葉が流行りテレビでも取り上げられるほどのホルモンブーム。「い志井グループ」はもともと「モツ」がウリであり真骨頂。60年近く培ってきた素材へのこだわりと徹底したノウハウがベースにある。ホルモンヌの出現と相俟って人気に更に拍車がかかったとも言える。また新丸ビルに出店したことによりブランド認知をよりアップさせる結果にもなった。串を数本と1〜2杯飲んで客単価は2,000円前後とリーズナブル。
・「新宿三丁目ホルモン横丁」オープン
その「い志井グループ」のニューフェイスが10月10日オープンの「新宿三丁目ホルモン横丁」。やはりこだわりはホルモンで看板にも大きく書かれ、店前を歩く人達にも伝わりやすい。ここにはホルモンを扱う4店舗が集結しそれぞれ違うアプローチをみせている。そして全店が立ち飲みスタイル。
「新宿三丁目ホルモン横丁」
最前面は「もつやき処 日本再生酒場 その弐」。通りに面した最前列のこの店内ではエムファクトリー代表の長谷川勉氏が自ら串を焼いている。気取りのない「い志井グループ」ならではの心意気をここでも感じられる。
「もつやき処 日本再生酒場 その弐」写真中央のねじり鉢巻きが長谷川勉氏。
他は全て新業態。「ハラミ専門店 ハラミ屋Burrari(ブラーリ)」は国産牛とハラミの専門店。フェラーリをもじった「Burrari」という店名とロゴ、店内のデコレーションからイタリアンをイメージさせられるがイタリアンという訳でもないらしい。お通しはきゅうりとキャベツの浅漬けのようなもの。串焼きは純和風の塩でいただくスタイル、ハラミのキッシュは美味しいがキッシュ自体はフランスの郷土料理であったりする。飲み物ではグラスワイン(赤・白1種類のみ)が、オーストラリアのシラーズ。シラーズは価格を考えると美味しいワイン。それであればニューワールドでワインを揃えてしまっても返って特徴をだせるかもしれない。新宿三丁目はワインのちょい飲み業態も洗練された人気店が点在するため、今後の一層の差別化も期待される。
「ハラミ専門店 ハラミ屋Burrari(ブラーリ)」。
「Burrari(ブラーリ)」 店内。
「Burrari(ブラーリ)」 メニュー。
ワインボトルに値段を明記。
次は「まぐろと海鮮ホルモン まぐろ屋 阪庄」。まぐろの刺身やまぐろのホルモン焼きなどがある。「天然まぐろホルモン串
五種盛り」は980円。「まぐろのほほ肉の串」にはガーリックを効かせた味付けがほどこされ洋風で面白い。「チアイ串」もやわらかく赤身の実力を再認識させられる。魚業態でかつ「ホルモン」という切り口のトライは新しい。
「まぐろと海鮮ホルモン まぐろ屋 阪庄」。
天然まぐろホルモン串 5種盛り 980円。
メニュー。
一番奥の4店舗目は「豚や三八」。豚や牛のホルモン焼きを無煙のロースターでお客がそれぞれ焼くスタイル。価格が全て380円で統一。焼き物の単品メニュー以外の白いご飯や、飲み物ではソフトドリンクなども全て380円。
「豚や三八」
4店舗共、各店それぞれお通しが200円で付き、店舗間でのメニューのクロスオーダーは不可。店ごとにキャッシュオンというスタイルになっている。
・ハイデイ日高の展開する立ち飲み
390円の中華そばを看板メニューにおつまみやアルコール類も低価格で提供する「日高屋(株式会社ハイデイ日高
代表 高橋均)」。仕事帰りにも立ち寄りやすいよう駅前立地を中心に展開している。同社も立ち飲み業態を開発し、ここ1年で8店舗を出店した。場所は東京都心部を避け、さいたま市や立川市、23区内では北区と台東区に1店舗ずつとなっている。
「立ち飲み日高」王子北口店。
店内。
「立ち飲み日高 王子北口店」は同社らしく店の全面にのぼりや電光看板の設置で、価格も含め外から見ても分かり易い。中に入るとここではメニューの注文が全て機械化されていた。ペン型の機械で壁に貼られたメニューのマークにタッチをする。ペンがしきりに選んだメニューを復唱し、数量の決定もこのペンでピッとタッチ。丁寧な機械音声に導かれオーダーは間違いなく完了できる。
ペンでメニューオーダーする。
メニューは串焼きが豚と鶏で10種以上。全てが一皿2本セットの180円から。1本ずつのオーダーはできない。串焼き以外の単品は揚げ物や酢の物など通常の居酒屋にあるようなメニューは一通り揃っていて40種類程。オートメーション化された立ち飲みは都心部であるようなスタッフとお客のカウンター越しのフランクな会話は少ない。立ち飲みのよさと思われる一部分はそぎおとされたような格好だ。しかしそれにより同社の基軸のひとつである低価格提供がより実現され、多くの人が「ちょい飲み」の楽しみを得られているとも言える。
・見えない「立ち飲み」はない
店舗作りでファザードの見せ方やその対面積を数値でルール付けし物件選定にあたる飲食店も多い。その中で立ち飲み業態は当然のことながら外から見える、丸見えだ。「看板」となるのは中の「お客様」そのものであり、混み具合から客層までを次のお客は入店前に知り得る。混んでいる時も人並みを掻き分け自分のスペースを店内に見出すことも楽しさとしてあるだろう。お客同士が隙間を作っては埋め合い、満卓感は安心感にもつながりよりよい店の「雰囲気」を作りだしている。
「かぶら屋」 池袋1号店。
立ち呑み かぶら屋は、2002年に池袋1号店をオープン。出店を続け10月、小岩店オープンで20店目。
・魅せる立ち飲み「P.C.M. (パブ・カーディナル・マルノウチ)」
丸の内の東京ビルTOKIA1階で屋外に面した「P.C.M.(パブ・カーディナル・マルノウチ)」。金曜ともなると遠めにも賑わいが感じられDJブースの設置もあったこの日は特に光と音が響きわたり盛り上がりを見せていた。
「P.C.M. (パブ・カーディナル・マルノウチ)」
運営はミヨシコーポレーショングループの株式会社カーディナル。銀座のソニービルの1階に40年以上の歴史をもつ「パブ・カーディナル」を運営している会社でもある。「パブ・カーディナル」の前は誰でも銀座で一度は通ったことのある道であろう。本格的なブリティッシュパブとしてその設えや雰囲気は長年変わらない。老舗イタリアン「SABATINI
di Firenze」も同社。
その株式会社カーディナルが東京ビルTOIKA オープンと同時に装いを新たに進出させたのが「P.C.M.
(パブ カーディナル マルノウチ)」。店内は奥がカウンター席と皮のソファ椅子のテーブル席、天井にはゴージャスなシャンデリアも飾られている。銀座「パブ・カーディナル」と変わらない重厚感のあるラウンジスペースだ。その横がキャッシュオンデリバリーの立ち飲みスペース。どう見てもゆっくりくつろぎたいソファ席の横に、一段下げて広がるファンキーなスタンディングスペースは別世界。映像と音のプロ用機材が整備されているのもウリで賑やかな演出がされる。
店内のスタンディングスペース。
しかしこの一見アンマッチにも思える並びは、しばらく居ると意外とここのお客にとっては使い勝手がよいらしい。スタンディングスペースを眺めながら食事をしていると、お腹が満たされた後は混ざりたくなるだけの吸引力とパワーがスタンディングにはある。逆に立ち疲れたか、スタンディングから飲み物を持ったままソファへ移動してきてきちんと食事を始める女性グループもある。
更には店前のテラススペース。そこは「テラス部分」と「店前から少し外れたビルの空きスペース部分」に分かれる。ビルの空きスペースでハートランドを片手に壁に寄りかかって飲む人達も皆、P.C.M.のお客だ。実はそこは一番静かに会話が楽しめるスペースで、より気軽に新しい交流や会話が弾むようだ。外国人比率も高い同店は日によっては外国にいるようにも思えるほど。
テラス席。
一昔前、入口付近に立ち飲みスペースがあるような店でも、外国人はそこで楽しめるが、日本人は入店後まず中を抜けて店の隅っこに基地を獲得。そこで飲み始めるような光景もよくみられたように思う。国民性の違いと感じていたが、通行人からも見え、見られることも心地よいスタンディングが浸透してきたのは気軽さだけではなく「立ち飲み」そのものがファッション化してきたといえる。楽しまなければ損とばかりに隙間をぬって踊るのも、隣同士で新しい会話をスタートさせるのも、それぞれの気ままな自己主張が許されているということ。2008年3月には赤坂サカス1階にもP.C.A.(パブ
カーディナル アカサカ)として続けてオープン、こちらも人気が衰えない。
・立ち飲みであり、横丁であり
ライフスタイルが多様化し東京都心部で働く現代人に日本の古きよき時代にはあった「ご近所付き合い」など全く縁遠くなっていることは否めない。それが立ち飲み業態や横丁ブームの中で、飲食店という場だからこそ気軽に温かく繰り広げられているように思える。仕事の後疲れてはいても、短い時間オフに切り替えて一杯呑み交わしたい。一人であっても部屋に帰るのではなく人の作るざわめきの中で好き分なだけ飲み、好きなタイミングで帰る心地よさもある。「立ち飲み」というスタイルは単に利便性だけではなくオフの安らぎとコミュニケーションの場としてその空間を提供してくれている。
【取材・執筆】 国井 直子(くにい なおこ) 2009年10月19日執筆