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U-10 *バックナンバー 


No.6
ホテルニューオータニ、小林事務所に鍛えられて独立。

2010.6.29
次時代の外食市場を担う、若き外食企業を紹介する『U-10(アンダーテン)』。店舗数10店舗以下で、個性あふれる経営者とその店舗を、東京に限らず日本全国から次々と発掘し、紹介していく。他に無いユニークな個性で、外食の魅力の本質に迫りたい。


石垣 創氏(株式会社一期一会 社長)

居酒屋の原点、焼鳥での挑戦

 株式会社一期一会の社長、石垣氏は学生時代に肉屋が経営する居酒屋でアルバイトとして働いたことが外食の道に進むきっかけとなった。自由にやらせてもらって飲食店の楽しさを知ったという。その後、埼玉県柏市の洋風居酒屋チェーン店を経て、ホテルニューオータニのバーテンダーとして就職した。

 大学卒業時に就職活動で考えた事は飲食業で独立すること。そのため準備を考えると明確にやる事が見えてきたと言う。接客は好き、対面して話をするのは好き、お酒を飲むのも作るのも好き、勉強する場がほしい。導き出した答えが、バーテンダー。

 但し、ニューオータニの先輩バーテンダーに経歴を話すと「甘い職場で働いていたな」と指摘され、それを契機に奮起。バーを仕切れるレベルまでになった。その後 マネージメントの勉強が足りないと考え、その当時一世を風靡していた小林事務所が運営する「庵」のFC店の店長に就任。店舗立ち上げから携わり、小林事務所の”地獄の研修”を受けた。

「FCオーナーさんは外食以外が本業なので、実際は僕が店長という名ですべてを仕切る、言わばオーナー代行でした。そして結果を出した。外食の全てを教えてもらいました。小林さんにはほんとに鍛えられました。」と石垣氏は笑って話す。

 独立をほぼ視野に入れて動いていた際、当時まだ1店舗であったワイズフードシステムから知人を介して声がかかる。独立前の自分の力を試す最後の場として伊勢崎店の店長となった。月商250万円前後の不採算店を650万円に上げ、最後は750万円を切る事のない繁盛店へと成長させる事が出来た。ワイズフードシステムの吉川社長には、FCに近い形で独立支援の話を受けたが、自信と確信があり単独での独立を決意。ちなみに、この時期に今のエムグラントフード代表の井戸実氏とは出会っている。今も交流を続けている。

 独立準備をしていた際、元々おでん店として運営していた現在の「はじめの一歩」の物件を紹介される。


「はじめの一歩」 カウンター席。


焼酎のボトルキープ棚。

「内装を見るとカウンターがあったんです。このスタイルで自分たちがやれば間違いないと確信しました」という。一等立地かどうかなどの分析は全く考えなかったそうだ。むしろ契約が済んだ後で駅から近い事を知ったくらい。

 だだし、店舗運営に関しては明確に方針を決めていた。
1)売上400万円を切らないこと。
2)おでん店に付いていた元々のお客を逃がさないこと。
3)そのお客に満足してもらうこと。
この3つを守れば間違いなく成功できると信じていたという。2005年に創業。

「自由が丘はじめの一歩」は、当然「庵」の影響を受けている。当時の「庵」は「食べて得する創作料理 庵」。その考えを引き継いだ。コストパフォーマンスを高め注文して良かったと感じる事のできる料理を適切な価格で提供する事に注力し、接客は人を引き込ませる「てっぺん」の影響を受けた。

 料理は料理長に一任し、夏と冬とは全く別メニューで、特に夏は沖縄料理が中心。それでもお客は付いてきてくれるし、成功すれば自分たちの自信にもなると確信している。


本日のおすすめ料理、煮豚。

 2店目となる「縁LAVIDA」は、自分の幅を広げるため、洋風のバルとした。


「縁LAVIDA」 外観。

 同社の名刺には「遊び心とプロ意識」と記載してある。例えば、料理人に料理を一任したり、料理長を経験した人間が独立したいのであれば支援するシステムを構築している。石垣氏は、料理人をリスペクトしている。

 今年も1店舗の出店を予定している。‘想い’を一歩ずつ形にしていく事が石垣氏のスタイル。派手で豪快な外見とは逆に、繊細な経営者だ。そのギャップに皆、魅了されている。


■企業情報
株式会社一期一会
渋谷区代々木5-25-15シェソワ参宮橋102
電話:03-6426-1310
代表:石垣 創(1973年生まれ 千葉県出身)


■店舗情報
「自由が丘はじめの一歩」
東京都 目黒区 自由ヶ丘2-14-5  館山ビル1F
電話:03-5701-0039

「縁LAVIDA」
東京都 目黒区 自由が丘2-14-20 第7千陽ビルA号室
電話:03-6459-5757


【取材・執筆】  猪俣 栄仁(いのまた えいじ) 2010年6月15日取材


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