メイドによる喫茶+リフレクソロジーの複合店が出現
一方で、秋葉原ではむしろメインのメイド・コスプレ系の店は、ドラマ「電車男」が放映されていた去年の夏から秋くらいの異常な熱気は冷めたものの、今や家族連れやカップルにとっても、秋葉原周遊コースには欠かせない存在として定着してきている。
一日に一度はメイド服を着たウェイトレスが見たいという、オタクのためだけのマニアックな店といったイメージは一掃されて、新しい段階に入った。秋葉原のメイド系の店は、新規オープンと閉店が激しくなる中で、30軒ほどあるとされ、全般としては増加傾向にある。
業種は多様化が進んでおり、「純粋な喫茶、遊び主体の喫茶、BAR、リフレクソロジー、整体、美容室などなど、カテゴリーの中にもお店が増え、クオリティが上がっています」と、はるこむぎ氏は解説している。中には時間制でメイドと秋葉原を店外デートできるサービスもあり、メイドのアミューズメント地域化している。
そうした中で、今日の業種多様化を先読みして、メイド喫茶+メイドリフレクソロジーという複合店を初めて考案したのが、昨年6月開店の「ロイヤルミルク」である。「最初は若い女の子を使った、リフレの店をやろうと考えていたんです。秋葉原にメイフットというメイドさんでリフレをやる店ができたことを知って、メイドとリフレが頭の中でつながったんです」とオーナーの今隆司店長は語る。
今店長は、「メイフット」を視察するまでは、それまで秋葉原に来たこともなく、漠然と上野ででも店を出そうかと考えていた。メイド喫茶は話題になっていたし、秋葉原でメイドの店ならというのは、起業家の勘なのだろう。
最初は喫茶はリフレの待合室くらいに考えていたが、確立していないメイドリフレのリスクを考え、メイド喫茶にも力を注ぐことにした。たまたま知人にメイド喫茶ウェイトレス経験者がいたので、スタッフに入ってもらって、形をつくっていった。
当時はメイド喫茶に貸してくれる物件は少なく、元事務所であったビルの2階を借りた。幸いにガスは引けたが、投資には物件取得を含めて1000万円以上かかったそうだ。
従来の店との違いを出すため、メイド服は黒と白が基調ではなく、ピンクと白のフリフリのロリ系を採用。これはロリ服好きの女性客を取り込もうとの狙いもあった。基本的にメイドは喫茶とリフレを兼任するが、喫茶のみのメイドは黒い服を着て区別している。しかし、黒いメイド服を着ていても、ピンクのリボンを付けるなど、どこかにピンクがあればリフレが可能である。
また、決まった制服を着なければならないのではなく、似たデザインなら持ち込んで着てもいいことになっている。そこで、メイドは自分の個性がアピールできる。
採用は、当初はコスプレーヤーを控えて、容姿と接客向きかどうかでメイドを選定した。メイド喫茶は男性コスプレファンを基盤にしている面があり、コスプレーヤー中心の採用が普通だったのだが、冒険した。簡単なホームページなどで告知すると、100人の応募があった。同時に店名も募集した。ただし現在は、コスプレーヤーも採用している。
メイド好きのスタッフ集めアイドルユニットも編成
喫茶は24席あり、休日は満席になってウェイティングも出るほどの繁盛ぶりだ。それを男性スタッフ1人〜2人と、メイド6〜8人で回している。
メニューはソフトドリンク500円〜で、濃厚牛乳を使ったロイヤルミルクティーとロイヤルミルクコーヒー(ともに700円)が自慢だ。柚子を使ったドリンクやアルコールも提供している。
フードは、ピラフ3種、カレー、ハンバーグや網焼きチキンのプレートなど、なかなか多彩で、スイーツも10種ほどある。全般に女性受けしそうなラインナップだ。ランチセットは、ペンネとサラダ、パン、ドリンクで1000円。ディナーセットは、ロコモコ丼またはチキン丼と、杏仁豆腐またはアイスクリーム、スープ、ドリンクで1500円となっている。
リフレは、「アロマケア」のコースとなっており、30時間の専門家の講習を終えたメイドが担当する。入会金、指名料はともに1000円、フットアロマケア10分2000円〜で、全身のボディケアは30分4000円〜。オプションでコスプレ(持ち込み可)などもある。予約制で前日予約は500円引きである。今は、1日で10人くらいが利用するという。
また、心をケアする、メイドと個室で2人で話せる「コミュニケーション」のコースもあり、こちらは30分6000円〜である。
コミュニケーションルーム
昨年はアキバブームの効果で、約半年で1000万円を超える売り上げを出し、好調なスタートを切った。今年はさすがに落ちついてきているが、根強いファンがついている。ケアの予約が入ってくると、喫茶にメイドの数が割けなくなるのと、メイドの体調管理の難しさが、目下の今店長の悩みの種だ。
メイド4人組で「パニエ」というアイドルユニットを組んで、店内やライブハウスで歌を歌ったり、CDを制作したりといった試みも行っている。今店長は、元々音楽をやっていて、作曲は仲間のミュージシャンであるそうだ。
メイドの一人、ののこさんは、オープニングスタッフにして、「パニエ」のメンバーの1人。元は劇団員で、ミュージカルの勉強をしていた。今回は歌の振り付けも行ったというのだから大したものだ。写真機を向けると、どんどんポーズを決めてくれる。「宣材写真には慣れてますから」と、なかなか憎いことをサラリと言う。
「お掃除、料理は好きですし、リサイクルショップで働いていましたから、テレビも直せます。海外のメイドさんのように、家の主が聞けば何でもわかるような、マルチな女性になりたい。ケアで体をほぐしてあげるとお客さんに喜ばれますし、コミュニケーションコースでは世界が広がります」と、メイドのやりがいを語ってくれた。
あやなさんは入って半年くらいになるが、人に尽くすことが好きで、ボランティアでホームヘルパーをしていたこともあるそうだ。
「高校の頃に、近くにフリフリエプロンの制服の喫茶が近くにあって、働いていたんです。ロリ服みたいなかわいい服が好きですし、自分でアレンジした服装で、仕事ができるので楽しいです。頭に付けてるカチューシャは、自分で手づくりしたんですよ」とアピールしていた。
ユニークなタメ口接客を行う、妹カフェが好調に発信
一方で、従来のメイド喫茶とは異なった切り口で、萌え市場を開拓しようという動きも見えている。
昨年11月にオープンした史上初の妹カフェ、「Pash Cafe NAGOMI」がそれだ。
「Pash Cafe NAGOMI」りんさん
この“妹”なる概念は、妹みたいな甘えキャラというような意味だろうが、「@ほぉ〜むカフェ」のような遊び主体の喫茶では、元々テーマの1つとなっていたものだ。「NAGOMI」では、学生服のような、ファミレスの制服のような、独特の制服を考案して、漠然とした“妹”のコンセプトを形として表現した。最初は緑の制服だけだったが、今は赤が加わっている。
そして、敬語を使わずいきなりタメ口で接客するという、型破りな接客で評判になっている。一般的にメイドの接客は「お帰りなさいませ、ご主人様」と、ていねいそのものである。それに対して、「お兄ちゃん、お帰り」、「オーダー決まったら呼んでね」といった具合に、初対面の顧客にも、やけにフレンドリーな対応を、あえてする。
そこが「妹っぽい」と、妹キャラ好きのマニアたちから支持されている。
「この店はオーナーが2人いるんですが、メイドではありきたりだし、これからは“妹”だと盛り上がって、儲かるだろうと始めたんです。世界制覇を狙ってます(笑)。2人とも、事業をやっていたりして、オタクとは違いますね。制服はオーナーでデザインを考えて、個人の洋裁屋さんにつくってもらいました」と、小田一店長は店の背景を説明する。
スタッフの妹たちは、コスプレーヤー、声優、モデルなど、アキバ系文化に触れている人が多い。決まった接客マニュアルを設けず、兄弟のように、親しげに話すことを心掛けている。3分500円と10分1000円の簡単なゲームも、できるようになっている。
メニューは、コーヒーなどソフトドリンク500円〜で、手作りカレー(900円)など軽食、デザートと、いわゆる喫茶メニューのラインナップである。目玉は、妹が手作りするシークレットメニュー。日替わりでボードに記される。
「Pash Cafe NAGOMI」店内
また、1000円のランチセット(フード+サラダ+ドリンク)は、妹と2回ジャンケンができる。お兄ちゃん(お姉ちゃん)が、1回勝つと200円引きになる。そこで止めてもいいが、もう1回ジャンケンして勝つと半額、負けると1000円に戻って200円引きもない。うまくいけば500円になるというので、人気だという。
席数は29席で、平日100人、土日祝日は270人ほどを集客するのだから、好調と言えるだろう。
イベントは、ツンデレイベントなるものを開催した。これは、オタクが好む表面はツンツンしているが仲良くなるとデレデレする、“ツンデレ”なるキャラを妹たちが演じるもので、顧客が入店するたびに、ガンを飛ばして態度悪く接客し、帰る時はにこやかに送り出すという、ユニークなものだったそうだ。確かに知らずに「NAGOMI」に来た顧客は驚くだろうが、ツボにはまると、日参したくなる人もいるのではないだろうか。
「秋葉原でも一番フレンドリーな店なので、他のメイド喫茶で話ができなかったシャイな人でも、ここなら話せるという人も多いのですよ」と小田店長は胸を張った。妹スタッフのりんさんは、元々コスプレーヤーで、チャンスがあればメイドをしてみたいと思っていたそうだ。
「最初妹カフェと聞いた時は、怪しそうにも感じましたが、リボンがポイントのかわいらしい制服を見て、これならいいなあと思いました。一人っ子なので、お兄ちゃんが欲しい気持ちもずっとあったんです。いろんな人と会えるのが楽しいです」とのことだ。
何はともあれ、妹カフェは、萌え業界に新風を吹き込んだと言える。
「ゆかり」とメイド喫茶の行列に共通する、下町っぽさ
以上、秋葉原では、「アキバ・イチ」という従来のアキバ文化を変えるような大型商業施設ができる一方で、メイド・コスプレ業界にも変化が起こってきている。
2つの相容れない文化をつなげようとする動きも、少しではあるが存在している。
たとえば、「アキバ・イチ」3階の「須田町食堂」は、聚楽が大正13年創業の前身の店を再現した下町洋食の店。大正ロマンの空間で、昔懐かしいハンバーグステーキ、ハヤシライス、ポークソテーなどが味わえる店なのだが、メイド風の制服を着ている。
「須田町食堂」
「せんば自由軒」あたりとイメージは被るが、制服も含めて、レトロな空間を楽しめて、おいしく食べられるのなら、自然と顧客は集まるのではないだろうか。予算は3000円程度だから、ファミレス以上カジュアルレストラン未満の店である。
また、1階のテイクアウト店「ラ・クレメリア」の店員も、メイド風の制服を着て、ジェラートなどを販売している。経営はWeb制作のウェブスタージャパンだ。
「ラ・クレメリア」のスイーツ、サンドイッチ
メイド喫茶もかつてはオタク男性9割の世界だったが、女性と一般人の集客を当初から考えた「ロイヤルミルク」などの出現で、顧客層もかなり変わってきている。
昨年8月オープンの「カフェ&ディメンション」という店は、専門店並みのボリューム満点でおいしいサンドイッチやハンバーガーを提供する、非常に優れた店である。
「アキバ・イチ」をはじめとする、最近の秋葉原の急激な再開発と変化について、はるこむぎ氏は「人が集まるのは良いことだと思いますが、ちょっとこのままでいいのかな?って少々危機感すら感じます。アキバの文化が大企業によって変えられている感が否めません」と、顔を曇らせる。
しかし、そうした中にあっても、1階の食品スーパー「ワイズマート」の開店は、増えつつある近辺のマンション住民にとって朗報だし、5階の「ファミマ」はイートインでインターネットが使える面白い店である。利便性の向上は、いい効果をもたらすだろう。
ファミマはエキサイトと組んで、無料インターネットが使えるイートインを展開
ただし、「ゆかり」の一人勝ちのようにすら思える「アキバ・イチ」のスタートは、秋葉原が下町文化を色濃く持った街なのだという教訓を、残したようである。
メイド・コスプレ系の店は、全般的にクオリティアップが目立っている。メディアの露出の多い店が強い傾向にあるが、一方で「最近はテレビに出ても、売り上げが目立って伸びることもない」と、今、小田の両店長は口をそろえた。昨年9月のテレビ東京系「TVチャンピオン・アキバ王選手権」放映は、メイド喫茶各店に長蛇の列をもたらす特需を発生させたが、そのような時代は終わった。
「個人的な雑感ですが、オタク向けコンテンツでも、メイドものが徐々に廃れつつあるように感じます。駅前に行くとメイド服を着た店員の姿が必ずといって見られます。これだけ露骨に日常化すると、“あこがれ”は消え失せるかもしれません」(wcheadline氏)との懸念もある。
メイド系店舗の発展とたびたびのテレビ放映は、一般客にメイド喫茶の存在を知らしめたが、飽和感が強まってきているのも事実である。メディア露出と“あこがれ”をどう共存させるか。歌のユニットなどは、新たな夢の創出への取り組みと言えるかもしれない。
今後は秋葉原のメイド業界が、定着をはかるために、連携を深めて共同PRしていくことも必要になってくるのではないか。たとえば「ロイヤルミルク」では、風俗営業法、薬事法などの法令に引っかかるなどで、評判を落とさないように、警察や関係省庁と相談しながら営業しているそうだが、意見交換できる土俵ができれば、さらに全体のレベルは上がっていくだろう。メイド喫茶の人件費の高さと、アルバイトが大半のメイドの時給の低さをどう是正するのかも、恒常的な問題である。
いずれにしても、皆が親しめる料理お好み焼き屋の行列と、皆に近いアイドルがいるメイド喫茶の行列。これには「下町」という共通のキーワードが隠れているような気がしてならない。
<取材協力>
「メイドカフェでGO!」 http://moeten.info/maidcafe/
「AKIBA W.C. Headline!! の跡地」 http://sotokanda.net/
取材・執筆 長浜淳之介 2006年3月30日