全36店を擁するレストランコンプレックス「アキバ・イチ」
「電車男」のヒットによって、「アキバブーム」が到来。今年になって落ちついてきているものの、今や名プロデューサー・秋元康氏が「会いに行けるアイドル」を「秋葉原48劇場」で育成したり、つんく氏がメガネっ娘アイドルの時東ぁみさんをプロデュースしたりと、秋葉原は一躍、芸能界が注目する場所となっている。また、昨年は「秋葉原ダイビル」オープン、つくばエクスプレス開業、「ヨドバシAkiba」のオープンで、小ぎれいなスーツのビジネスマンやOL、家族連れ、カップルと、秋葉原にはこれまであまり見なかった顧客が、目立って増えている。 よしあしは別にして、泥臭い技術者や外国人やいわゆるオタクが行き交い、下町臭く、汗くさく、アンダーグラウンドの雰囲気が漂っていた秋葉原が、全般的に美化されてきている。
アキバ・イチ
このたびオープンした秋葉原駅前の「秋葉原UDX」は、地下3階、地上22階。延床面積約16万1600平方メートルからなる高層ビルで、「秋葉原ダイビル」とともに、秋葉原再開発のコアとなる「秋葉原クロスフィールド」を形成する。ディベロッパーは、NTT都市開発、ダイビル、鹿島建設の3社である。
「秋葉原UDX」の地下には800台を収容する駐車場を完備。5階より上部は、最先端のオフィス・スペース。4階には日本のアニメ文化を発信する「東京アニメセンター」、日本の次世代を担うエレクトロニクス・情報通信・デジタルコンテンツ産業の創出拠点「先端ナレッジフィールド」、秋にオープンする「デザインミュージアム」が入居する。 そして、3月9日にオープンした「アキバ・イチ」は、全36店を擁するレストランコンプレックスであり、「アキハバラデパート」はもちろん、先にオープンした「ヨドバシAkiba」の飲食街と比べても、全般的に高級感が漂っている。
メイド喫茶紹介サイトとして名高い「メイドカフェでGO!」を運営し、メイド喫茶を通じてアキバ文化に深くかかわってきた、萌店ドットインフォグループ代表のはるこむぎ氏は、「アキバ・イチ」をのぞいてみた感想を、「秋葉原はいつのまにか、おしゃれな街になっています。なんだかお台場にでもいるような感じですね」と述べ、戸惑いを隠せない。
その「アキバ・イチ」のコンセプトは、かつて秋葉原にあった「やっちゃば(東京神田青果市場)」の活気や、人が集まり賑わう様子と「選ばれた食」をイメージしたものだそうだ。
かつての市場の賑わいを再現し、さらに下町の老舗の味も楽しむことができる施設を目指している。
「ゆかり」の一人勝ちか。開店景気が盛り上がらない感も
鳴り物入りでオープンした「アキバ・イチ」であるが、意外にも開店景気があまり感じられず、一部の店を除いて空いている感がある。
秋葉原に関する出来事について意見するサイト「AKIBA W.C.Headline!!の跡地」を運営するアキバ・ウォッチャーのwcheadline氏は、「典型的な再開発後のテナントで、これまでの秋葉原と相反する感じです。もともと秋葉原に来ていた人は利用しないでしょうね。客単価が高すぎます。(そんな金があったらフィギュア買うみたいな(笑))」と、必ずしも雰囲気づくりがコンセプトをよく表現しておらず、上品になりすぎている異質感を指摘した。
そうした中で、行列が絶えない人気ぶりを見せつけているのが、大阪から初進出したお好み焼きの「ゆかり」である。大阪市内には8店を構え、有名人も多数訪れるという。卵にヨード卵を使うなど、いい素材を使い、スタッフが火加減を見ながら、丁寧に焼き上げる。
「ゆかり」店員がコミュニケーションを取りながら焼いてくれる
値段は1000円ほどとやや高めだが、ボリューム感があり、元気なスタッフが席で顧客とコミュニケーションを取りながら焼くところが、人気の秘訣かもしれない。
「ゆかり」山下吉夫社長(右)、松永新吾店長(左)
銀座のおでんの名店「おぐ羅」は、恵比寿など都内4店で、豚しゃぶ「ろくまる五元豚」を展開するクロウドプレスパーと組んで、昨年9月の「日本橋三井タワー」に続いて出店してきた。醤油を使わず、塩、昆布、鰹節だけで仕上げた一手間かけた上品な味が魅力だ。
「おでん缶」のヒットで、秋葉原の食というと、おでんは欠かせない。予算はお酒も含めて3000円は見たいが、集客は好調のようだ。
「おぐ羅」
「新宿 立吉」は、常時40種類ほどそろえた季節感あふれる手づくりの串揚げを、一串170円均一で、目の前で揚げて提供する。
「新宿 立吉」の串揚げ。2種類のソース、醤油、塩とお好みで食べる
これらの和の形態の店は3階に集まるが、3階には築地の仲卸「越一」の魚料理店「つきじ越一」、歌舞伎町のとんかつ茶漬け「すずや」、平河町の料亭「瓢」のセカンドライン「天ぷら瓢 HISAGO」、湯島の鳥料理・親子丼「鳥つね」など、ずらりと老舗が並んでいる。
寿司、和風焼肉、「ワンカップ」の日本酒が飲めるバーなどもある。そのほか、なぜか和の業態に混じって1店だけの中華として入居する「銀座 鹿鳴春」は、銀座の店がフカヒレに絞ったのに対して、広東料理をメインに本格中華を提供する店だ。「小江戸 鮒忠」は、居酒屋「鮒忠」による炭火うなぎ専門の新業態である。「六本木ヒルズ」の飲食店も、オープン景気が落ちついた後は、オフィスに勤めるサラリーマン、OLには高い料金設定で苦戦する店が多いが、「アキバ・イチ」の場合、オープン直後からいきなり、顧客が入っている店とそうでない店の差が開いている。 総じて、高級感を打ち出し過ぎた店は、あまり席が埋まっていなようだ。
「銀座 鹿鳴春」は、高級感漂う。奥には個室もある。
ファーストカジュアル、バールとトレンド型が続々
「アキバ・イチ」の1階と2階は、ファーストフード感覚の店、カジュアルレストランが並んでいて、見かけほど高級な店は少ない。
「ビーンズ・ヘブン」は、「謝朋殿」、「西安餃子」のグリーンハウスの新業態で、特に豆にこだわったヘルシー感覚の創作お粥のカフェ。
「ビーンズ・ヘブン」のチリビーンズおかゆセット
「だし茶漬け えん」は、ビー・ワー・オーによる、和風ファーストフードに落とし込んだ「だし茶漬け」の店。
「とんかつ和幸」は、従来の店をファーストカジュアル的に変えた新業態である。これら3店は、ファーストフードの感覚で気軽に利用できる店で、「吉野家」や「松屋」ほどの大衆性はないが、800円台までで十分に食事ができる。ファーストカジュアルの店といっていいかもしれない。
こだわりの味噌汁がウリの居酒屋にして定食屋「味噌汁家」や、パイウォーターを使って最高の旨味の出る豚骨部位を煮込んだスープが好評の「ラーメン康竜」の名も見える。
「ラーメン康竜」
イタリアンバールは2店あり、1階には渋谷・スペイン坂「ビオ・カフェ」のクマガイコーポレーションが、「ちょい悪オヤジ」が集う店という、雑誌「レオン」のような乗りで「キオッチョラ・ピッツェリア」を出してきた。イタリア風にアーチを多用した内装のデザインはなかなかカッコよく、立ちのみとピザが楽しめる。
「キオッチョラ・ピッツェリア」
2階の駅に一番近い一等地には、プロントの新業態「プロント IL BAR」を出店している。
「プロント IL BAR」
また、スペインバール兼カフェの「カフェ エ バール アジール」、際コーポレーションの飲茶・点心・麺が楽しめるチャイニーズカフェ「上海バール」もあり、恵比寿あたりにありそうなバールにカフェ要素を加えたような店が、多く入居している。
洋食がきちんと取れる店は少ないが、日本レストランエンタープライズによる、ハンバーグを中心にしたボリューム感ある「アメリカンダイナー バー&グリル」、クリエイト・レストランツのイタリアン「トラットリア・アリオリ」もある。
「アメリカンダイナー バー&グリル」
ファーストカジュアル系の店は、女性を意識しているようだが、店構えがきれいすぎて、男性が入りにくい感がある。それに、個々のブースに分ける必要があったのか。フードコートのほうが賑わいが生まれるような気もする。
その点「康竜」は、わざとトタン屋根のチープな内装をして、本来の「やっちゃば」的雰囲気を出そうと懸命で、努力のあとがうかがえる。
「アキバ・イチ」の店は、全般に昭和やレトロを意識した内装が多く、BGMもジャズが多い。和の店とバールばかりが目立つというのは、渋谷や恵比寿のトレンドをそのまま表現した結果のようである。
その点、「アキバ・イチ」では異端的な「アメリカンダイナー バー&グリル」あたりの入りが結構いいのは、やや高めでもファミレス感覚の店が他にないからかも知れない。
また、秋葉原の免税店に来そうな、アジア、中近東系の人が楽しめそうな店が、ほとんどない。中華やカレーの店はあるにはあるが、日本風にアレンジされている。アジア的な喧騒があまり感じられないところが、電気街との異質性を際立たせている。
取材・執筆 長浜淳之介 2006年3月30日