・原油高などコスト高騰とアメリカの景気悪化で環境は厳しくなる
OECD(経済開発機構)が07年末に発表した「エコノミック・アウトルック」によれば、日本の経済成長率は07年に1.9%になったあとで、08年には1.6%にまで減速するとしている。
景気減速の兆候はすでに出ており、アメリカの戦略的石油備蓄の増強や恒常的に存在する中東の石油枯渇への不安などに端を発する、原油価格の高騰によって、ガソリン代アップによる配送費の負担増、石油を原料とする資材の価格上昇を招いている。
また、石油代替エネルギーとして期待されるバイオエタノールの原料として、トウモロコシをはじめ小麦、ジャガイモ、サツマイモ、サトウキビなどといった穀類、イモ類に注目が集まっており、特にトウモロコシの需給が逼迫し、価格が高騰している。トウモロコシは畜産業の飼料として重要な地位を占めているため、畜産業がコスト高となってきている。
こうしたエネルギー問題を背景に、商品の値上げが始まっている。
さらに、アメリカのサブプライムローン(主に低所得者向け高金利住宅ローン)の焦げ付き件数が増えて社会問題化している。日本は輸出大国であるので、アメリカの消費者の疲弊は輸出産業の業績を直撃すると投資家筋からは目され、東証などに上場している企業の株価が全般的に下がっている。そのうえサブプライムローンが証券化された商品に日本の金融機関も投資して損失を出している。
08年8月には北京五輪が開催されるが、これまでの傾向として五輪が終わったあとに景気が減速する傾向が強い。高度成長が続いている中国ではあるが、五輪直後はさすがに踊り場を迎える可能性もある。そうなると、中国ビジネスで利益を出してきた最近の日本の大手企業の収益も苦しくなるのである。
こうしてさまざまな材料を検討していくと、08年は食材、資材、配送のコスト高に伴う値上げ、景気減速による消費者の給料減・可処分所得減で、外食産業にとって厳しい年になりそうなのである。
・五輪期間中の8月に、消費者の外食ニーズが減退するのは必至
「前回のアテネ五輪の時もそうでしたが、消費者は外出しないで、家のテレビに釘付けになって、オリンピック中継を見るということが予想されます。当然、外食の売り上げは会期中の8月に落ち込むでしょう。9月以降に、お客さんが戻ってくるかが1つのポイントです」と語るのは、外食産業の動向に詳しい、いちよし経済研究所企業調査部第一企業調査室長・主任研究員の鮫島誠一郎氏だ。
いちよし経済研究所・鮫島氏
また、同時に「原油高、穀物飼料の高騰でほとんどの会社が価格転嫁に踏み切り、値上げしていますが、それが消費者の客足にどう影響するかでしょうね。業績のいい会社のベアは良くなるでしょうが、外食が客単価を上げて果たして支持されるかどうか。消費者のお財布の紐がきつくなって横ばいか、やや下がるのではないかと見ています」と、08年秋以降の厳しい情勢を予測する。
消費者にとっては日常生活に直結する、食料品やガソリンの値段が上がっているのが痛い。たとえ07年を上回るボーナスが支給されたとしても、そのお金が外食に向かうかどうかは、なかなか難しくなりそうなのである。
むしろ生活防衛の意識から、外食は控えられる傾向が出る可能性が強い。
「アメリカのサブプライムローン問題で、金融も痛み始めているので、融資も厳しくなる可能性があります。住宅の販売も落ちてきていますし、景気が悪くなってきているのは間違いないでしょう」と鮫島氏はさらに続ける。
銀行から借金をして、積極的に店舗展開をしようと考えている業者にとっては、07年よりも審査基準がきつくなるかもしれない。資金調達に影響が出そうである。
ただし、パート、アルバイトの人件費は高止まりの傾向を示しており、賃金の面で高騰することはなさそうなのは好材料と、鮫島氏は見ている。
「新業態の開発はあらゆるものが出尽くした感があるので、難しいでしょうね。むしろ今までの業態のリニューアルはあるかもしれません。あと好材料を挙げれば、ミシュランは稼ぎ時の07年11月、12月に出版されて、外食の収益とはいい関係になっています。星の付け方に異論もあるでしょうが、東京においしいレストランがたくさんあって、外食のレベルが高いことを世に知らしめた功績はあります」。
年末に大反響を巻き起こした「ミシュラン」。東京のレストランの星の数はパリ、ニューヨークを上回り世界の都市で最多
既存業態のリニューアルに際して、ポイントとなるのは今の流れからはやはり味、つまり食べておいしいかどうかではないだろうか。特にミシュランでは東京のレストランの良い素材への強いこだわりを評価していた。
安全で新鮮な食材ルート開発と素材を生かす調理法に、さらなる注目が集まるような予感がする。
・勉強熱心で庶民に密着した、料理人の顔が見える店が勝ち残る
「2007年は赤福の偽装問題をはじめ、食に対する信用性が薄くなって、いろんな偽物が淘汰されていく前哨戦だった気がするね。業界は混乱しているけど、生き残るためにどうすればいいか、何が正しいのかを世間が教えてくれた1年だったね」と07年を振り返るのは、際コーポレーションの中島武社長だ。
際コーポレーション・中島武社長
08年は真っ当な商売を心がける外食しか、生き残れなくなってくる。
「ファンド系のような、飲食店を単なるビジネスモデルとして見る考え方が成り立たなくなってきました。中途半端なFCチェーンは失速しています。5年、10年の経験がないのに、一過性のブームで繁盛したFC店が、業態が陳腐化した時に内から輝きが失われてきましたね。ウチも地方都市のFC店は商品が良くて売れていても、価格が合わないという弱い面があるので人のことは言えませんが、店のリノベーションが必要でしょう。確かに大きなマーケットでは安いほうが売れますが、人件費や原価率を下げるだけではどうにもならないです。商品力、業態力で勝負しないと」と、中島社長は今まで急成長してきたFCなどのチェーン系飲食ビジネスに警鐘を鳴らしている。
中島社長が1つの突破例として評価するのはマクドナルド。確かに少々の偽装問題は噴出しているが、食品衛生法を大幅に違反するような大規模な事件が起こらない限り、再び成長軌道に乗ると見ている。
というのは、ただ安ければいいという路線から自ら決別したからだ。店舗の色調も落ち着いたブラウン系に変わってきており、消費者に新鮮さを与えている。「マックのブランドイメージが、スタバを抜く日が来ることもありうる」と中島社長は予言している。
年末のミシュランフィーバーについては、醒めた目で見ている。
「ミシュランに関して言えることは、星を付けてもらった店と協力したフードジャーナリストが評価していますね。一方で、星が付かなかった店と声が掛からなかったフードジャーナリストが批判しています。本当にはっきりしていて、島国根性の表れです。外国人に何がわかるとか不満を言ってはいるが、星が付かなかった店は、ミシュランという競技の中でアイデアに乏しかったとか、星を取る魅力がなかったわけでしょう。毎年、星は審査して見直すわけですから、今後取れる可能性のある店は、批判するのなら全員辞退すべきですよ」。
ミシュランガイド総責任者、ジャン=リュック・ナレ氏(右)と、日本ミシュランタイヤ社長のベルナール・デルマス社長
中島社長によればミシュランは確かに日本の外食に一石を投じたが、エルメス、シャネルのようなスーパーブランドをどう評価するかであり、外食需要の1%にも満たない。ジャンルの異なる街場の旨いもの屋が星付レストランを真似する必要はないと断言する。
本当に世の中を動かしているのは、ユニクロのような大衆ブランドである。街場のレストランは庶民に密着した手作り感ある、料理人の顔が見える店作りに努めるべきなのである。
「個人店は大手チェーンができないような職人技を使った、少しこだわった料理を出せば相当いいものができます。ところが、個人店は総じて勉強してないんだな。僕らが餃子の店を出す時は、東京はもちろん宇都宮、静岡まで100店くらい食べ歩いてリサーチしました。そこにはおいしくないけど売れている店もありますが、なぜ売れているのか、分析ができています。簡単に感覚でつくっているようなものが、実はスキルなんだということに気づいてほしい」。
中島社長は消費者が納得するものを提供するための勉強が大事だと説く。そして、08年の外食はより個性のはっきりした専門化に向かうと考えている。
・北京五輪開催を機に中国料理の本当の姿に対して関心が高まる
さて、北京五輪の開催で活気が出てきそうなのが中国料理である。中華といえば際コーポレーションの主力の分野だが、中島社長に08年の中華はどう動きそうかを引き続き聞いてみた。
「日本の中華はちょっと遅れている面があって、たとえていうと東京と京都の料理を一緒に出しています。イタリアンならローマとミラノとベネチアでは違うということが、日本でもかなり棲み分けされてきましたね。料理というものはおいしさで食べるだけでなくて、文化をいただくのですから、もう少しネイティブで地方色のはっきりしたものになっていくと思います」。
これも1つの料理の専門化の流れなのだが確かに今、日本で幅をきかせている中華は日本流中華であって、西欧料理なら「洋食」に該当するのではないだろうか。
「たとえて言うなら、北京料理は日本の関東から東北地方の濃い味の料理、広東料理は京都の薄味の料理、上海料理は甘くて醤油味の濃い九州の料理にそれぞれ似ているでしょうね。四川料理はメリハリがはっきりした辛くて深い味です。上海料理は薄味でもなければ、西洋料理風の洗練されたものでもないですよ。脇屋友詞さんは上海料理から出発していますが、インターナショナルチャイニーズになっていて、脇屋流の創作中華です。ウチの店で出している棒餃子もよく似た餅が中国にありますが、日本にしかないウチで作ったものです。中国にはほとんど焼餃子はなくて、水餃子なんです。北京に行っても餃子屋はないです」。
ヌーベルチャイニーズの旗手・脇屋シェフの「一笑美茶楼」
日本の料理人は、フレンチを専門にする人はフランスに、イタリアンを専門にする人はイタリアに修業に行くが、中華を専門にする人は中国に修業にまず行かない。横浜や神戸の中華街にも修業に行かない。そのあたりにも、中国の多彩な食文化が日本に伝わらない要因がある。
しかし、かの「中華の鉄人」陳建一氏は、中国に勉強に行って本場・四川の麻婆豆腐を提供している。父の陳建民氏の麻婆豆腐は、日本人向けにアレンジした麻婆豆腐である。このような中国料理の本当の姿がまだ知られていないと、中島社長は語る。
「ホテル出身の日本人シェフは、街場の店ではパワー不足になりがちです。そこで中国人のコックを使おうとする外食の会社も出てくるわけですが、中国人たちが言うには働いていて疲れるようなんです」。
「陳建一麻婆豆腐店 立川グランデュオ店」
際コーポレーションでは300人の中国人コックを雇用しているが、国際部を設けて日本のルールをレクチャーして現場に溶け込めやすくしている。こういった文化交流に対する真剣な取り組みが、求められてくるだろう。
また、07年12月21日には三宿に飲食プロデューサーでカゲン社長の中村悌二氏と組んで新会社T&Tをつくり、豆餃子を売りにした「豆金餃子」を出店した。こちらは際の原点、餃子に戻った店と言え、多店舗展開をこれから考えていくのだという。
・中国への進出、日中コラボレーションも視野に入れた店舗展開を
中国といえば巨大な国土を背景に年10〜15%の成長を続けており、2010〜11年頃には日本のGDP(国内総生産)を抜くのではないかと見られている。
1人あたりの可処分所得も増えており、都市部では中間層も育ってきている。
そこで、日本の外食産業の中国進出も加速しており、08年の北京五輪を機に本格化する兆しも出ている。
サイゼリヤは03年より上海に出店し、5号店を数えている。集客は好調で行列ができるほどの人気ぶりだという壱番屋は04年より上海に出店し6店を展開しているほか、北京、成都にも店舗がある。その他、台北に3店、ハワイに4店を構えている。中国にはカレーライスを食べる習慣がなく、果敢なチャレンジで結果を出してきているのだから立派である。
上海でも行列ができるという「サイゼリヤ」
上海にカレー文化を根づかせつつある「CoCo壱番屋」
ワタミは01年に香港に出店、深セン、上海にも店舗を広げている。台湾にも出店している。チムニーは来春、「はなの舞」で大連に進出する。フジオフードシステムは、上海に5店を展開している。そのほか、くらコーポレーションは07年12月1日、アメリカ・ロサンゼルスに回転寿司ではなく和食店を出店し、好調な滑り出しだという。
30〜50年のスパンでは、日本の人口は確実に減り、マーケットも縮小に向かう。その時に対処する布石として、海外進出を考えるのは良い傾向である。すぐに成功するかどうかはわからないが、日本の外食もようやくワールドワイドになってきたということだろう。
失敗例としては、柿安本店が06年10月に上海にビュッフェレストランを出店したが、07年10月に2億円ほどの損失を出して撤退した例などがある。
「上海などは人件費は安いですが、家賃は高いので注意が要りますが、チャンスは広がっています」と鮫島氏は海外展開を奨励している。
際コーポレーションが横浜中華街に12月22日、10種類の餃子を中心とした「百八十六番餃子」をオープンしたのも面白い。
横浜中華街で初の餃子専門店でもある「百八十番餃子」
「中華街の人たちはよく食べにきてくれます。それで『俺たちも全国展開というものをしてみたい。中島さん、あんた頭がいいし、出資するからやってみないか』と声をかけてきてくれるのですから、愛すべきチャイナ、たくましいチャイナですね」と中島社長。
失敗するリスクもあるからということで、今のところ出資を受けることに中島社長は慎重だが、これから際と中華街の日中コラボレーションビジネスが進展するかもしれない。これも外食のワールドワイドな動きの一端と言っても良いだろう。
・スタイリッシュな料理から家庭的な専門料理へ時代は変わった
最後に07年に注目される業態は何だろうか。あらゆる業態は出尽くした感があるが、新しいビジネスの芽はどこかにあるはずだ。
鮫島氏は「誰が一番お金を持っているのかを考えると、リタイアしたシニア層でしょう。郊外型でシニア層をターゲットにした関西によくある、和風の中庭がある蔵のようなタイプの喫茶店が面白いかもしれませんね」と、シニアを狙ったマーケティングに期待をかけている。
喫茶店は家賃の高い23区都心部では成立しにくいが、団塊世代が多く住んでいる国道16号周辺部あたりが狙い目だろう。
一方、際コーポレーションでは既に述べたように、餃子の新業態に力を入れているが、07年11月に南青山に出店したイタリアンの店「トラットリア・フィレンツェ・サンタマリア」も好調という。これはフィレンツェで修業した太田眞也シェフを前面に出したもので、専門化の1つの形だろう。
フィレンツェで修業した太田シェフの「トラットリア・フィレンツェ・サンタマリア」
際では今後カンパニー制を取り、独立した会社ではないが能力ある人に店舗のコンセプト、人材集めなど一切を任せるやり方を取っていくと、中島社長は語っている。もつ焼き、和食屋、ピザの3業態で進行中で、どんなこだわりを持った店ができるのか、注目される。
筆者が個人的に注目しているのは、西洋と東洋が融合したような、中華とイタリアンが交じり合った料理だ。中島社長によれば北京料理ではトマトを“西紅柿”と書き、これを使った麺料理などがある。際の店でも提供されているが、オリジナルではなく元々ある料理なのだとか。こういうものが面白い。
際コーポレーション「蒼龍唐玉堂 六本木店」。トマト入りの麺料理がメニューにある
上海に住んでいる人のブログを読んでいると、上海では中国西部のシルクロードの料理、新疆料理がはやっているそうだ。羊の串焼き、つまりシシカバブの屋台も多いのだという。最近は秋葉原の路地裏や六本木の移動販売車で、シシカバブが人気になっていることからも面白いと思う。
新疆料理は中国料理のテイストを持ちながらも、ナンを焼いて食べるなど時にインド的で、シシカバブのような中東の料理の要素も持つ。トマト味のパスタもあってイタリア的でもある。日本ではまだ全く知られていないが、魅力的に思われる。
上海で人気がある新疆料理店の1つ
あと、中国東北料理も存在感を増すかもしれない。日本企業が中国に進出するに当たって、大連を選ぶケースも増えている。大連など中国の東北地方は旧満州国の範囲なので、日本の影響が元々強い。近年日本にやってくる新華僑には東北地方出身者も多いらしく、新中華街と言われる池袋では中国東北料理の店が強い。最近横浜中華街でも、中国東北料理の店ができた。
中国東北料理には酸っぱい白菜の漬物を使った鍋、各種水餃子、クレープのような春餅というものに味噌を付け野菜炒めなどを巻いて食べる料理、羊肉串などがある。全般に塩味が強いが、朝鮮半島とロシアの間にあるためか、韓国料理風なもの、西洋料理風なものが混じっているようでなかなか面白い。
池袋の中国東北料理「永利」。中国人客が多く、さながら中国のようだ
いずれにしても、08年の外食は景気減速の中で、「より専門化した本物の料理」が勝ち残るためのキーワードになりそうである。
07年は、「新丸ビル」、「東京ミッドタウン」、「銀座ベルビア館」、「ニッタビル」、「マロニエゲート」、「グラントウキョウ」、「霞ダイニング」等々がオープンし、商業施設ラッシュとなった。08年はそれほどのラッシュにはならないが、「赤坂サカス」などがやはりオープンする。これだけ商業施設が林立すると、オープン効果も薄くなり、入居した店はディベロッパーに頼らずに、自分の力で集客することが求められる。それには、完全に街場の個店の意識で店の売りを明確にしないと消費者へのアピールは難しい。
その際、スタイリッシュなインターナショナル・キュイジーヌから、家庭的でこだわりを持ったビストロの方向へと時代が転換していることを、頭に置いて店作りをしていくべきなのだろう。