・最高の技術を身につけても、食べてくれる人がいないと何にもならない
島崎氏は、18才で青森から上京し、「つきじ植村」に入社。調理場の仕事は、まかないの手伝いなど雑用からスタート。早く腕を上げたい島崎氏、朝は誰よりも早く入り、ランチの準備。そしてディナー終了後、片付け。アフターは先輩に同行し他店を視察。「親方や先輩にはとても良くしていただきました」と基礎を身につけさせてもらった「つきじ植村」に感謝している。
板前の世界は実力主義。年下でも腕があれば先輩を飛び越えることができる。島崎氏は同期入社のライバルを追い抜きたくて努力を重ねた。先輩に「次、これやってみるか」と声をかけてもらえるよう、先輩との夜の付き合いも欠かさなかった。
「和食の板前は、先輩後輩という縦社会の厳しさがあります。若い頃から、それが正しいのか疑問に思っていましたが、郷に入れば郷に従えです」と島崎氏。
「親方や先輩からは『いくら最高の技術を身につけても、食べてくれる人がいなかったら何にもなんないぞ。ホールとコミュニケーションできないとだめ。算数ができなきゃだめ。トータルで売上を上げて利益を出せ』と若い時から教えてくれた」という。
「30才前で自信が沸いてきました。30才は勘違いを起こす年令なんです。夜、外で飲んでいると『お前料理やってんの? 給料いくらもらってんの? ウチでやらない? もっと払うからおいでよ』とよく誘われました。おもしろそうだなと思い、ある小さい店に移りました。そんな店は安定感はありませんが、自分で自由にできておもしろいんです。でも、1〜2年いるとそこの仕事が大体分かっちゃいます。飽きるんです」
30才で、東京・葛飾で自分の小料理屋を開いたが、2年半で失敗。「家が無くなり、とりあえず雨風がしのげる部屋が欲しくて、寮のある店を求人誌で探しました。面接に行くと『給料はこれ以上はらえない』と言われましたが、こっちは贅沢言える身分じゃない。居酒屋で働き出すと、腕がもったいないと評価され、料理長をやってくれと言われたが、こっちは興味がない。知り合いから声がかかって別の店に行きました」という具合に、板前は転々と店を変わっていく人が多い。
調理技術を売りに転々と店を渡り歩く板前が多い。定着して働いてもらうにはどうすればよいか。
鮮魚の盛り合わせ(1人前2000円より)
・店作りにも関わる面白さ
東京レストランツファクトリー社長、渡辺仁氏とは知り合いの紹介で出会う。当時、和食1号店の「御曹司きよやす邸」が盛況で店を増やそうとしていた頃。勢いのある渡辺氏に惹かれて入社。
同社は渡辺氏が商社出身ということもあり、店作りの際には社員の意見をよく取り入れている。
「この会社は全然飽きない。店作りに関われますから。昔ながらの調理場は調理場、ホールはホールという垣根はありません。調理場とホールが一緒になってメニュー開発します。それが楽しい。独立する時の勉強になります」
調理場とホールが一体になって店を運営し、損益情報も共有している。
「ホールが電話を取れない時は、調理場が取ります。お互いに手伝います。洗い場やどぶ掃除も、どちらかがやります。私も進んでやりますよ。口で言うよりやっているところを見せる。大きな店は自分の持ち場だけ見てれば良いですが、小さい箱は全体を見なければなりません。それが、独立の勉強になるんです」と言う。いつかは独立を考えている、板前にとっては経営を学べることがモチベーションアップにつながる。
・調理場のファッションは自由
同社の調理場では、ヒゲや茶髪の人もいる。清潔感があれば良いというのが同社の方針。昔は坊主頭が当たり前だったが大変革だ。
「うちにやってくる若い板前は、若くて25才。平均30才。こうやって切れきれよ、揚げろよと、調理学校のように教えています。僕の時代は競争相手がいたが、今の子はいません。回りは先輩達ばかり。最初から勝てるわけがないと思っているからスキルアップにつながらない」
「やめられるのは残念ですから大事に育てます。昔のように厳しくやっていたら、今の子は3時間でやめるでしょうね。板前の仕事は、頭では厳しいと分かって入ってきますが、続かない。こちらが合わせるしかない。若い子を育てるのが僕達の仕事なんです」
和食が国内でも海外でも人気にもかかわらず、板前になりたいという若者が少ないように思われる。どちらかと言えば、フレンチやイタリアンなど洋食コックの方が人気。和食は、世界に羽ばたけるチャンスが多いにもかかわらず。
和食には堅いイメージがある。寿司、天ぷら、ウナギなど様々なジャンルがあり、どの専門職でも10年やっても、まだまだと言われる。さらに、食材の種類が多く、覚えることがありすぎる。しかも、調理場は店の奥の仕切られた場所にあり、黒子のように目立たない。
あんこう鍋(1人前5000円)
1本釣りキンキの煮付(5400円)
・若い板前よ、ドバイをめざせ
「季節の食材、毎月違う食材を扱えるのが和食ならではの魅力です。日本は食材が豊富なので、いろんなものをいじれます。全ての料理が、生、焼く、煮る、揚げることで作られ、食材の組み合わせると沢山のパターンが生まれます。探求心のある人にぴったりです」
「ひと通り修行するには10年位かかるのではないでしょうか。でも、10年やればなれるんだと勘違いしないで下さい。年数じゃなくて内容です。若くて能力があればどんどん認められる実力主義の世界です」
洋食では、「ありがとうございました」とシェフが客席をまわっている。しかし、和食では、奥の調理場にこもって黒子。堅いイメージを作っている一因だ。和食もお客の前に積極的に出て行ってもよいのでは。
「若い板前が少なくなったというより、和食店が多くなったという感覚があります。店が増えすぎています。若い板前をもっと育てないと間に合いません」と、島崎氏は若手育成に力を込める。
同社は年内にも、話題のドバイへ高級和食レストランを出店する予定だ。日本人経営店としては初となる。この出店が話題となり、世界へ羽ばたく夢を持って、和食の世界に飛び込む若者が増えて欲しい。