・スーパーポテトで超大型物件を経験
戸井田氏の実家は、二代続く大工で、鎌倉で工務店を経営している。曾祖父は畳職人で、葉山御用邸を建てる際に呼ばれたほどの腕利きだったという。戸井田氏は、そんな職人家系で、モノづくりの現場を見て育った。桑沢デザイン研究所を卒業後、杉本貴志氏率いるスーパーポテトに入社。
「スーパーポテトは当時(1990年)、設計部隊だけで20人以上いました。全体では50人以上の大所帯です。デザイン事業だけではなく、三宿、広尾、赤坂に、和食店『春秋』を直営で展開するなど、多角的な経営をしていました。バブル崩壊直後の、まだ余韻が残る時代で、ゴルフ場のクラブハウスや百貨店の全館改装など、超大型物件の依頼も多くあり、1つの物件に1年以上費やすこともザラでした」戸井田氏はここで大型プロジェクトを学んだ。
4年で退社。最初の独立を果たし、フリーで仕事を始めた。
「正直、どうやって営業しようか不安でした。そんな中でもらった最初の仕事が、横浜元町で個人の方が経営する『アズーリ』という12坪のバーだったんです。元町なので壁は赤レンガ、カウンターを使い古された感じにするために、僕が自分でカンナを使って削りました。10年以上経ちますが、今でも繁盛していて、近くに行った時は必ず立ち寄るようにしています」と、律儀な面を覗かせる。
・グローバルダイニングで大抜擢
スーパーポテト時代に親交のあった店舗設計専門誌『商店建築』の編集者から、若手デザイナーを探していたグローバルダイニングを紹介してもらう。同社が東証2部に上場した1999年12月のことだ。
「面接に行ったら、突然、700坪の空き地の図面と、そこから360度見渡した写真を見せられ、『20分でプランを作って』と言われ、びっくりしました。なんとか1日の猶予をもらい、手書きのままで持っていったら、『まだまだだけど、まあいい。これでやろう』と言ってくれたんです」というのが、出会い。
そして、ゼロから建物を建て1年半かけて完成したのが、「モンスーンカフェ たまプラーザ店」。グローバルダイニングは初めて出会った若手デザイナーに大型店のデザインを任せたのだ。日本の外食史を変えた同社の勢いを感じさせるエピソードである。
同時並行で、当時100店舗を目指していたレインズ「牛角」のデザインも担当し、月に20店舗、1人でデザインをし、現場を飛び回っていた。
そんな状況が1年になろうとしていた頃、グローバルダイニングから入社の誘いを受ける。
「当時、社内にはデザイナーが2、3人いて、1人1物件を担当していました。出店の際の立地調査もデザイナーの仕事です。5年で回収するためには、既存店の利益率だといくらまで投資出来るのか、その計算までデザイナーがしていました。デザイン事務所だと、オーナーから予算を言われるだけで、その根拠がわかりません。そこまで関われるのが面白いと思い、入社を決意しました。」
同社では一括で請負う施工会社は使わず、電気や空調など、設備工事は全て分離発注である。そして、その手配、調整もデザイナーの仕事だ。そうすることで初期投資をおさえている。
グローバルダイニングで最後に手がけたのは、07年3月に開店した米国ロサンジェルスの「権八」。
「35才で独立すると決めていました。ですから当時手がけていたロスの権八は、基本設計だけで身を引かせてもらい、退社を決意、独立しました」と、初志を貫いた。
「smooch(スムーチ) 山王パークタワー店」
東京都千代田区永田町2−11−1 山王パークタワー1F
電話03-3592-2727
「smooch 山王パークタワー店」
「smooch 山王パークタワー店」
・時代にアッタ、地域にアッタ、業態にアッタ、人にアッタ
そして、有限会社アッタを設立。コンセプトは、「時代に合った、地域に合った、業態に合った、人に合ったデザイン」。
「お店を見ていると、デザイナーのスタイルが色濃く出ているものもありますが、僕は、デザインは物件ごとに全く違ってくるものだと考えています。本来、同じものを作ることは面白いことではありません。僕らはオーナーさんに合ったオートクチュールをつくっているんです。それがアッタの個性です。」
同じくグローバルダイニング出身、「接客の神様」新川義弘氏が代表を務めるHUGEの高級レストラン「ダズル」(東京・銀座)、カジュアルイタリアン「リゴレット」銀座店と仙台店をデザインした。また、炭焼グリル「カーディナス」を展開するADエモーションの新業態、豚しゃぶ「黒ぶたや」もデザイン。確かに、「ダズル」の尖ったデザインから、「黒ぶたや」のユーモラスなデザインまでこなし、「それがアッタの個性」と語る理由がよく分かる。
「仙台のリゴレットは、オーナーである新川さんの故郷なので失敗はできません。東京のように尖ったお店を作って、それが好きなお客様がわっと来ることは、仙台では難しい。そこで、店を4つの用途に分けました。1F正面にバーがあって、奥にラウンジ、2Fの窓際はカップル向け、その奥のキッチン横に家族で寛げるダイニング。いろんな人がいろんな使い方ができるよう店を小分けにしました」という。マーケットを分析して、地域に合ったデザインを作りだし、2007年11月の開店後、仙台の方々に愛されている店に育っている。
「リゴレット タパスラウンジ 仙台」
宮城県仙台市青葉区中央1-6-1 HERB SENDAI 1F/2F
電話022-716-0678
「リゴレット タパスラウンジ 仙台」
「リゴレット タパスラウンジ 仙台」
「リゴレット タパスラウンジ 仙台」
・大規模から小規模まで、数字も分かるデザイン会社
アッタは、年間で約20件の店舗デザインを創り出している。個人オーナーからの発注が8割を占める。
「要望を聞き、合わせてお金の話もします。単純に設計施工の費用だけではなく、ユニフォームや販促ツールなどに掛かる開業費用も加えると、総投資額がこのくらいになります、というアドバイスもしています。設計施工費以外のお金を忘れている方が多いので、開業費用も加えた概算見積もりを作り、ご提示させて頂いています。」
戸井田氏は「合った」デザインをする。大きい店から小さい店までデザインできる。しかも、グローバルダイニングで出店プロセスを学び、店舗経営の視点から、数字面でもオーナーの相談に乗っている。
次なる目標は、海外での活躍だ。2008年10月、東京・銀座にオープンしたマレーシア政府直営のマレーシア料理店「ジョムマカン」のデザインを手がけた。これを契機に、海外の店舗でデザインするチャンスを狙っている。
また、鎌倉にある実家の工務店と共同で、注文住宅のデザインも手掛けたいという。現在も1年に1件は鎌倉で住宅のデザインを行っている。住宅に限らず、やはり鎌倉の物件には特別な思い入れがあるという。そんな思いからか、生まれ育った鎌倉に貢献したいと考えている。
「たまに鎌倉へ帰ると、生まれ育った景色とは明らかに違ってきています。東京発の知らない名物店があったりします。東京の店は揉まれているので、鎌倉に出店すると成功するんです。昔から鎌倉のお店は営業努力をしなくてもお客さんが来るので、接客も悪くなりがちです。次第にお客が来なくなるという悪循環に陥ります。僕はもっと、地元に頑張ってほしい。東京の人が来て、それに刺激を受けて奮起してほしいんです。今、世代替わりが少しずつ進み、若い人たちの機運も上がってきています。鎌倉は、京都と同じように黙っていてもテレビや雑誌が宣伝してくれます。そんな鎌倉で『人興し』をしたいんです。」
会話の中から実直さが伝わってくる戸井田氏。店舗経営の分かるデザイナーだ。特に、昨今の景気後退の経済状況の下、戸井田氏のようなデザイナーの登場する機会はますます増えてくるだろう。
「黒ぶたや ルミネ立川店」
立川市曙町2-1-1 LUMINE立川8F
電話042-524-7635
*温泉をイメージ。
「黒ぶたや ルミネ立川店」
「黒ぶたや ルミネ立川店」
「黒ぶたや ルミネ立川店」 絵は桜島。
「黒ぶたや 古田商店」
東京都世田谷区経堂1-21-22 ショップ経堂2F
電話03-5426-3080
「黒ぶたや 古田商店」
「黒ぶたや 古田商店」
「黒ぶたや 古田商店」
「おばんざい家」
東京都品川区西五反田1-32-4(1F)
*和紙を使い、温かい手作り感を全面に出している。