フードリンクレポート


ロードサイドの居抜き物件のエンジェル。
ファミレスを復活させる!
井戸 実氏
株式会社エムグラントフードサービス 代表取締役

2008.11.21
「ロードサイドのハイエナ」と異名をとる井戸氏。2006年のエムグラントフードサービス設立当時は異端児だった。しかし、大手ファミレスチェーンの閉鎖店舗数が増える度に、引受先としての救世主として名前が挙がる。その活躍は、テレビ、新聞でも取り上げられ、今や「ロードサイドのエンジェル」に変身した。


笹塚のオフィスにて、井戸実社長。

直営28店中、14店がリース

 エムグラントフードサービスの設立は、2006年9月。2年後の現在、FC合わせて34店を展開している。2009年3月期の3期目で年商19億円の見込み。井戸氏は、たった3年でここまで昇り詰めた異例の成功者だ。

 資金の乏しい井戸氏を助けたのが、店舗リース会社。保証金や施工費などの開業費用ががなくても、月々のリース料だけで店舗が持てる仕組み。保証金や施工費、さらに金利が載せられた上でのリース料なので、割高は避けられない。

 通常、このリースを利用するのは、信用力の低い未だ数店のレベルの経営者。割高なリースから抜け出し、早く銀行借り入れで新店を出せるようになりたいと普通は考える。ところが、井戸氏は早く成長するために、このリースを使い続けた。

銀行借り入れでの出店に切り替えたのが、2007年2月。現在も直営28店の内、半数の14店がリース。

「サラ金で金を借りて商売しているようなものです。でも、金がなかったから仕方がない。それでも利益を出してきました。しんどいです。でも、来年から次々とリース期間が満了していきます。すると、一気にキャッシュが増えます。それまでは我慢です。今も綱渡りですよ」と井戸氏は苦労をものともせず、明るく話した。


「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」 国分寺店、11/20オープン。


「けん」 国分寺店の改装前


金の借り方教えます

 しかし、その緊張感が井戸氏を精神面で、数字面で強くしている。外食経営者仲間の経営相談に乗ったりしている。

「自己資金で、しっかり利益を出している個人経営得者は多いです。しかし、税金や労務を知らない人が多い。集まってもそんな話はせず、夢の話ばかり。儲かっているからいいんですが」と言う。でも、彼らは税金対策で井戸氏に頼ってくるという。

「銀行の貸し渋りは厳しいです。でも、うちはぎりぎりながら、銀行に信頼されています。 今は、昔の感覚で金を借りることは厳しい。決算の数字の閉じ方が全てです。赤字の企業には貸してくれません。昔は赤字の理由を聞いてくれました。今は赤字の決算書が回ってきたらその時点で見てくれない。そういうのを知らないとダメ。設備投資で赤字になったでは1年間棒に振ります。決算書がきれいになるまで動けませんよ。」

「できる若い銀行員を捕まえて味方にすることです。できる銀行員は家柄がいい人が多い。銀行で勉強しているという感じで、銀行で一生勤めるという悲壮感はなく、選択肢が沢山ある人を味方に付けることです。パワーがあって、作文もできて、上司に上手く働きかけて金を引き出してくれます。初めて金を借りた時、私の事を上司に説明するため、フードリンクニュースの掲載記事も役に立ちました」という。銀行員との出会いも大切だ。


「ハイエナ」から「エンジェル」へ


 会社設立当初は、中小規模のファミレスチェーンの不採算で閉鎖した物件しかなかったが、今年から大手チェーンの数百店単位の閉鎖ラッシュが始まっている。すかいらーくも本年9月に今後200店を閉鎖する再建計画をまとめた。

 大手チェーンからの店舗放出とともに、俄かに注目されたのが井戸氏。『夕刊フジ』に取材された井戸氏の記事(2008年10月22日付)をみて、大手チェーンから直接に閉鎖物件の売り込みがあったそうだ。井戸氏は、この秋口から、死にそうな店舗を求めてはいずりまわる「ハイエナ」から、大手が頭を下げて売りに来る「エンジェル」に変わった。幸運にも時代が井戸氏に追い付いてきた形となった。井戸氏の態度にも余裕が出てきたように感じる。

「僕の感じが変わったといわれるのが嬉しいです。焦りは確かに少なくなりました。成功の仕方が見えてきました。手の打ち方が分かってきました。背伸びしていたのが、やっと足が地面に着き始めました。役に立つ仕事をしてる実感が湧いてきました。今までは生き延びるためにガツガツしていましたが、今は世の中の為に働いている感じです。」

 しかし、エムグラントフードサービスでも、ロードサイド立地なのでガソリン高騰の影響を受け、既存店は厳しい。

「既存店は下がるには下がっています。ガソリンが高かったですから。渋滞が無くなりましたし。車で出る機会が減っているので、客数も当然減りました。その後、あっという間にガソリン下がったので、年末からはお客様は戻ってくると思います。一番苦しかった夏場を乗り越えられたので、12月は昨年同月より下がっているかもしれないけど、乗り切れそうです。」

「また、商業施設が出来るとお客様が減るんです。越谷レイクタウンが出来た時には、極端に減りました。でも、オープン月の月末には戻ってきました」という。ロードサイドの敵として、大型商業施設も登場しており、気は抜けない。


シートまで全店同じ必要があるの?

 1970年の大阪万博、そしてモータリゼーションとともに始まった、ファミレス。

「昔は、ファミレスは売れすぎていたようです。大手チェーンは平均月商2千万円も売っていたらしい。しかも何百店も全国展開していました。儲かったはずです。固定費もその売上をベースに設定し、家賃も高かったでしょう。それが、今や売上は半分の1千万円。家賃がそのままなら儲かるはずがありません。」

「大手は既存店をできるだけスクラップして、売上を昔のレベルに持っていこうとしています。その減らしたところに、うちが打って出ます。僕は、1千万円ではなく、6〜7百万円で成り立つモデルを作っています。」

「大家さんを紹介してもらい引き継ぎます。造作はタダ。保証金は差し替え。大手チェーンに貸している大家さんは地主の中でもグレードの高い人ですね。大家さんにとっては、大手に貸していることがステータスのようです。引き継ぎをしっかりしてもらえば、何も問題ありません。都心のガツガツした大家さんより、やりやすいです。」

「大手の物件はしっかり作られています。最近、気づいたのは空調でコストダウンできること。この2〜3年、省エネ技術が凄く進歩しています。10年前と今では電気代は半分以下。設備にお金をかけるとランニングが減ります。例えば、電気代20万円が10万円になる。1年で空調設備の投資回収ができちゃいます。」

「大手はやらないニッチマーケットで僕は戦っています。ナショナルチェーンでできないことに取り込んでいます。セントラルキッチンなどチェーンストア理論を否定しています。全店オペレーションが違う。全店が同じマニュアルである必要があるのか? シートから全部同じでなきゃだめなのか? お客様はそれを望んでるのか?」

「昔は、怪しい店があったので、チェーン店は安心というイメージでウケました。今は怪しい店がない。だいたい、入れば普通です。これからは、チェーンなのに全部様子が違うよね、の方が面白いのでは。『ダサくない?でも懐かしくない?』でファミレスがリバイバルするような気がします。」


ステーキはキテる、次は蕎麦、和食、デリバリー

「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」と同じような業態が郊外で増え始めている。「ビッグボーイ」を始め、「ハンバーグ工房」、「平家の郷」などステーキやハンバーグを売りとするファミレスが増え始めた。

「今、ステーキはキテると思います。今まで焼肉に取られていたのが、帰ってきている感じです。焼肉で育った世代にはステーキが珍しいようです。うちの店では、お得感のあるkenステーキとハンバーグで売上の6割を占め、その内、kenステーキ6割、ハンバーグ4割。ステーキの方がよく出ます。客単価は昼1100円、夜1300円です。」

「『丸亀製麺』さんとは、物件でよく競合します。日曜日の夜に、家族4人でうどんとおにぎりと天ぷらを食べているのを見ます。家で食べりゃいいのにと思いますが、うどんを食べにわざわざ車で行く。『幸楽苑』さんもそうです。家族でラーメンを食べているんです。価値観が違うんでしょうか? お金を掛けるものが違うようです。」

「蕎麦屋をやりたいですね。色んなところに、変に拘るのではなく、出汁だけ拘る。神奈川の『そば処 味奈登庵(みなとあん)』さんをチェックしています。11店あり、ロードサイドで繁盛しています。」

「また、3世代需要を考えて、『とんでん』さんのような和食もやりたい。刺身、天ぷらの定食があり、着物をきた女性がワゴンで席まで運んできてくれるような店です。」

 さらには、価格を低く抑えたデリバリーサービスも始めたいという。現在、ロードサイドは、ステーキハンバーグ、しゃぶしゃぶ、水炊きの3業態。今後、どんどん出てくるロードサイドの閉鎖物件。それを活用したビジネスアイデアを井戸氏は温めている。

「都心の居抜き物件は今でこそ人気ですが、実は売れるものになるまで4〜5年かかっています。ロードサードも同じく4〜5年かかるでしょう。大手は当面、手を出さないでしょうから、うちはその間にゆっくり出せばいい。最初にロードサイドの居抜きを手がけたのが良かったです。大手ファミレスが閉めだす前からやってきました。どこから競合が出てきても、うちが先と胸を張れます」という。今年の秋、井戸氏は正に「ロードサイドのエンジェル」に変身した。


■井戸 実(いど みのる)
株式会社エムグラントフードサービス 代表取締役。1978年生まれ。レインズ、小林事務所、店舗流通ネットに勤務。2005年11月、老舗ステーキハウス「いわたき」の再生を引き受け独立。2006年9月、株式会社エムグラントフードサービス設立。現在、「ステーキ&ハンバーグ いわたき」3店、「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」18店、「しゃぶしゃぶ 安田」1店、「水炊き・串焼きDining かみのこ」1店。都心では「博多水炊き ふくのかみ」2店、「Living&Dining Bar DNA」1店、「ちりとり鍋 はまじろう」1店、「イタリアンバール CONA」1店を展開している。

株式会社エムグラントフードサービス http://www.mgfood.co.jp/

【取材・執筆】 安田 正明(やすだ まさあき) 2008年11月4日取材