フードリンクレポート


ラーメン通の米国人シェフが始めた「アイバンラーメン」。
〜1兆円ラーメン市場、勝ち残る店の戦略を探る〜(4−2)

2010.5.20
ラーメン屋は全国に約4万軒あり、市場規模は約1兆円と言われる。その中で近年は、毎年約4000店が新規開業し、ほぼ同数が廃業しているという。年々1割の店が入れ替わる新陳代謝が激しい市場において、勝ち組はどのような店舗戦略を練っているのだろうか。マスコミやブロガー、評論家たちがつくり上げるトレンドには、いかに対処しているのか。タイプの異なる繁盛店3店とラーメンコンプレックスの成功例を取材してみた。4回シリーズの第2回目。レポートは、長浜淳之介。


ラーメンと日本をこよなく愛する、創業者のアイバン・オーキン氏。

ラーメン通の米国人シェフが始めた「アイバンラーメン」

 世田谷区の京王線芦花公園駅前、旧甲州街道沿いの「丸美ストアー」という昭和の雰囲気が満点の小さな市場の一角に、2007年6月にオープンした「アイバンラーメン」。

 店長でオーナーのアイバン・オーキン氏は1963年アメリカ、ニューヨーク州生まれ。しかも、化学調味料を入れない「無化調」と、あっさりしているのに奥深い味わいを持つ「淡麗系」と呼ばれる新しいトレンドを牽引したと言われ、あちこちの店を食べ歩くラーメン通たちからも評価が高い店だ。


「アイバンラーメン」 外観。


アイバンラーメンのある小さな市場。斜向かいの肉屋でチャーシューにする肉などを購入する。

 では、外国人がつくる旨いラーメンはどのようにして生まれたのか。

 アイバン氏は16歳の時、ニューヨークの日本料理店でアルバイトをしたのをきっかけに日本に興味を持ち、コロラド大学で日本文化を専攻。大学の友人と見た伊丹十三監督の映画『タンポポ』に感銘を受けた。大学卒業後に日本で生活したいという気持が高じて、ついに来日。東京に住んで、ラーメンを食べ歩く生活を送った。

 90年にアメリカに戻り、料理学校で調理を学んだ後、コックとしてニューヨークの有名フランス料理店や大手投資顧問会社のプライベートシェフを歴任。そろそろ独立を考えた際に、日本とラーメンに対する情熱が再燃し、2003年に再来日。満を持してラーメン屋を自ら開いたのであった。

 ところで、07年はつけ麺ブームが到来して、ラーメンも濃いスープの太い麺がはやりとされていた。その潮流は現在まで続いている。

 それに対して、「アイバンラーメン」は真逆の淡麗なスープで、コシはあるが細めの麺で提供する。なぜそのような冒険をあえてしたのであろうか。この問いに対するアイバン氏の答えは明快だ。

「雑誌を見ると、これからはこういう味が来るとよく書いてあります。だけど僕は誰々さんのラーメンがはやっているからといって、同じようなラーメンをつくりたくはない。僕が食べて一番おいしいと思うラーメンを、お客さんに食べてもらいたいんだ」。

 流暢な日本語でアイバン氏は、はやり廃りではなく、ラーメンフリークでもある自分が本当に食べたいラーメンを、信念を持って提供しているのだと語った。参考にしたのは「くじら軒」(横浜市都筑区)、「たけちゃんにぼしラーメン」(東京都調布市)、「中村屋」(神奈川県海老名市)など、あっさり系であるが、自分の理想とする味を追求していくと、自ずと全く違った方向性にたどり着いた。

 それにしても、ファインダイニングに実績あるアイバン氏。街角のカウンター10席しかないラーメン屋でなく、おしゃれなフレンチのお店を開くのも可能だったような気もするが、どうなのだろう。

「そんなにお金を持っていなかったこともあるけど、フレンチのような一人5000円、1万円する食事はお金持ちしか行けないし、週に何度も食べられない。だけどラーメンなら誰でも食べられる。週に2回、3回と行ける。僕はお客さんと話すのが大好き。『ああ、おいしかった』、『楽しかった』と言われるのが嬉しいから、やはりラーメン屋さんでしたね」。

 また、アイバン氏はラーメンの魅力として、うどん、そばのような基本がなく、どんなスープにどんな麺を合わせてもいい、自由度が高い食べ物であることを強調。シェフとして、つくっていてこんなに楽しくて、顧客のおもてなしもできる商売はないとのことだ。

 主力メニューの「塩ラーメン」と「醤油ラーメン」(共に800円)は、長時間煮込んだ丸鶏と北海道産魚介のダシを合わせたダブルスープで、最後に魚粉を振り掛ける。


塩ラーメン(800円)。淡麗系の代表格として、ラーメン通の評価も高い一杯。

 化学調味料に関しては、1970年代にアメリカで化学調味料によるアレルギーが問題化されたことがあり、かつシェフとしてのチャレンジで自分自身で開発した旨味を使うほうがやりがいがあるので、使っていない。ただし、化学調味料自体を否定はしてはいないスタンスだ。

 そして麺はスープによく絡むコシのある細麺を、自家製麺しており、開業にあたって製麺機の大和製作所が主催するラーメン大学に通って、製麺技術を取得した。


豚ローストトマト飯(400円)。ネギ、焼きトマト、豚肉のペーストの下にご飯が盛ってある。発想が豊かな創作メニューも、アイバンラーメンの魅力の1つ。


メニュー表の表紙。

 チャーシューは市場の斜向かいにある肉屋から購入した肉を煮込んでつくる自家製。野菜も近所の八百屋で購入するなど、地元の商店が一緒に繁盛していけるように、原料は可能な限り全て地元で調達している。こういった地域に密着して共に売り上げを伸ばしていくのがアイバン氏の商売上のポリシーだ。

 オープンした当初は外国人の店主ということで、アイバン氏の顔を見ただけで、不安に思って帰ってしまう顧客もいたが、物珍しさに味の評判、女性でも入りやすい雰囲気も受けて瞬く間に行列ができる店となった。


店の外壁に「よくある質問」の答えが掲示されている。


自らのラーメン哲学と半世紀を綴った本も出版。

 日本ばかりでなく、世界各国のメディアに取り上げられており、「ニューヨークタイムズ」に記事が掲載され、フランスのテレビに映ったこともある。そのため、近辺の人ばかりでなく、北海道、九州、アメリカ、ヨーロッパからも顧客がやってくるという。

 近々に、豚骨を使った非常にあっさりした味のラーメン新店の新規オープンを予定している。場所は恐らく世田谷かその周辺部になるそうだ。

 2号店で再び旋風が起こせるか。注目してみたい。


【取材・執筆】  長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ) 2010年5月17日取材