フードリンクレポート


ヨーロッパの郷土料理が、スローフードの浸透でオープン相次ぐ。
<後編>

2008.5.28
スローフードが飲食のトレンドとなるに従って、地方の郷土料理、田舎料理が脚光を浴びている。そのブームは、フレンチ、イタリアン、スパニッシュなどの西洋料理にも波及。ヨーロッパ各地の郷土料理を提供するレストランが増えている。また、ヨーロッパの田舎にある店で修業をする若いコックも多く、今後の開業はますます増えるだろう。日本に着実に根を下ろしつつある、ヨーロッパの郷土料理の現状をレポートすべく東京各所を歩いた。後編は、ポルトガル各地の郷土料理を紹介するペッカリイと、リヨン、バスクなどの郷土料理、そして立地についても考察した。


「ヴィラ モウラ」のカタプラーナ鍋

シャネルが入る高級ファションビルで大西洋のリゾート料理を

 さらに、ヨーロッパでも最西端、イベリア半島の5分の1を占めるポルトガルは、西欧の中でも田舎っぽいのどかさを残した地域の多い国だ。ポルトガルはスペインの一部のように見える国土で言語も似ているが、15〜17世紀には海上帝国を築いて、スペインと世界を二分するほど繁栄していた。

 従って、ポルトガル料理はスペイン料理とはまた違う味わいがあり、豊富な魚介類やオリーブ油、ニンニクを使い、ハーブや香辛料をアクセント的にきかせたものが多い。新鮮な食材の風味をそのまま生かした、家庭料理風のタッチの味付けが主流なので、毎日のように食べても飽きが来ず、スペインと同じく米やイベリコ豚を使ったメニューもあるので、日本人にも親しみやすいと言えるだろう。「ペティスコス」というタパスに似た小皿料理もある。

 このところ2年ほど前からポルトガル料理の専門店を、銀座「ヴィラ モウラ」、初台「アルテ ヴェルディ」、表参道「ペローラ アトランチカ」、赤坂「カステロ ブランコ」と立て続けに4店出店しているのは、ペッカリイ(本社・東京都港区南青山)である。


銀座「ヴィラ モウラ」 店内


初台「アルテ ヴェルディ」 外観


初台「アルテ ヴェルディ」 店内


赤坂「カステロ ブランコ」 外観

 そのうち、「ペローラ アトランチカ」は日本ではよく知られていないがヨーロッパでは著名なリゾート、マデイラ島の料理に初めてチャレンジしたものだ。

 マデイラ島を含むマデイラ諸島は、ポルトガルの首都リスボンより南西約1000kmの大西洋上に位置し、北アフリカ・モロッコ沖にある。主島のマデイラ島は奄美大島ほどの大きさで、植物の宝庫であることから照葉樹林が世界遺産に登録されている。日本でいうと沖縄のような場所と見ていいかもしれない。

 同店のオープンは昨年11月で、「ブルガリ」、「シャネル」といった高級ブティックが入居する「GYRE(ジャイル)」4階レストランゾーンに出店した。店名は“大西洋の真珠”を意味し、マデイラ島の愛称でもある。


表参道「ペローラ アトランチカ」 外観


「ペローラ アトランチカ」 バー


「ペローラ アトランチカ」 店内


「ペローラ アトランチカ」 個室


「ペローラ アトランチカ」 表参道を見渡すテラス

 名物料理の「エスペターダ」は、月桂樹で風味付けしながら炭火で焼き上げたバーベキューで、タスマニア牛が200g3400円〜、短角和牛が200g4800円〜、となっている。


名物料理「エスペターダ」

 また、「カルディラーダ」はその日仕入れた魚介類を使い、トマトベースにタマネギ、パプリカなどを加えて味付けした漁師鍋である。

「アローシュ」はリゾット風の米料理で、煮込んで豆などを合わせる。

 ドリンクは、マデイラ島はポルトガル有数のワイン産地であり、酒精強化ワインに良いものがある。甘めで食前酒には最適だ。食事中に飲むには「ヴィーニョ・ヴェルデ」という微炭酸のワインが合わせやすい。そのほかビールやソフトドリンク類も揃っている。

 ディナーの単価は6000〜7000円ほど。ランチは1000円から楽しめる。

 顧客層は30代、40代が中心で、男女比は半々くらい。ランチに関しては1000円のビジネスランチだけでなく2800円のコースを注文する人も多いそうだ。

 内装は東洋に憧れて戦国時代の日本にまでやってきた、ポルトガル人の大航海の精神を伝える、西洋と東洋の融合したコロニアルスタイルで構成。青や黄色のタイルを多用し、開放感のある空間となっている。ダイニング、カウンター、バー、個室が完備され、晴れの日には表参道の街並みを眺望できるテラスも心地よい。総席数は100席である。


マデイラ・ワイン


立地に合った、新鮮素材で家庭的なポルトガル料理を多彩に展開

 このほか、銀座「ヴィラ モウラ」は魚介類と家庭料理が特徴の地中海沿岸、南ポルトガル料理の店。ペッカリイ広報室マネージャーの池澤洋子さんによれば、「ポルトガル料理はニーズがありそうなのに、日本では数少ない。競合がないのでいいのではないかとの狙いで出店した」そうだが、見事に的中。予約が取りにくくなるほどの人気店となった。店名はリゾートの地名にちなんでいる。

 料理では「カタプラーナ鍋」という、魚介類に香辛料とハーブを入れて蒸し焼きにしたアフリカ的な味わいのある鍋がメインとなっている。

 その「ヴィラ モウラ」の成功を受けて、昨年12月にカフェ風でカジュアル版の「アルテ ヴェルディ」を初台の「オペラシティ」に出店。店名は“緑の芸術” を意味するが、新鮮食材を使う芸術の街にある店といったニュアンスだ。

 今年3月には「赤坂サカス」内「赤坂Bizタワー」1階に、「カステロ ブランコ」をオープンさせている。この店は日本初のポルトガル中部ベイラス地方料理店で、“白い城”を意味する店名は町の名前に由来している。

 この地方には古都・コインブラがあり、現地にある古城を改装したレストランをイメージした店である。

 料理は「鴨のアローシュ」などジビエを使ったものや、豚、子羊の煮込みやローストなど肉料理が充実している。元々ポルトガルのお菓子であるデザートの「エッグタルト」、100種類がグラスで提供されるポートワインも味わいたいメニューだ。

 前出の池澤さんは「特にポルトガル料理にこだわったのではなく、弊社のレストランの考え方と立地を見て出店した結果」と強調するが、各店の顧客の相乗効果は現れているようで、ペッカリイがポルトガル料理をしかも地方ごとの郷土料理として展開した意義は大きく、普及に寄与している。

 ポルトガル観光協会で働く人やポルトガルに関係する会社の社員もよく訪れるそうで、この国の関係者の情報交換の場となっている。ポルトガル語圏は南米の大国ブラジルをはじめ、アフリカ、アジアも含め、世界に約2億3000万人もいる。ポルトガルの経済も安定して成長している。

 元々ポルトガルの料理はイワシのような魚を焼いたりするので、日本人の口に合いそうなものも多いのである。考えてみれば今まで注目されなかったこと自体が、不思議だったと言えるだろう。


ヨーロッパの田舎にある食道楽の街で修業したシェフが増加中

 以上見たように、ヨーロッパの郷土料理は同時多発的に急速な勢いで、日本のレストランシーンで一大勢力になりつつある。

 そもそも、ヨーロッパでグルメの街とされるところは、首都でない地方都市が多い。

 フランスのリヨン、ディジョン、バイヨンヌ。イタリアのパルマ、ボローニャ。スペインのバスク地方やカタルーニャ地方。オランダのマーストリヒト。ベルギーのデュルビュイ。ドイツのブルーメン、ヴュルツブルク等々である。

 それらは歴史的に農産物や魚介類、ワインなどの集積地であったり、文明が衝突して融合する場所であったりしたために、食文化が発達したケースが多い。

 自他ともに認める美食大国、フランスでもグルメで名高い中西部の街リヨンの料理を提供しようという試みも始まっている。現地で修業したシェフによる東京郊外国分寺市内・国立駅北口の「シエル・ドゥ・リヨン」がそれだ。また、横浜・関内の「リバイユ・エクスキューズ」は日仏料理協会が運営するリオンを中心としたフランス郷土料理レストランである。


「シエル・ドゥ・リヨン」国立

 また、リヨンに次ぐグルメの街ディジョンは、ワインの産地ブルゴーニュ地方の中心都市である。エスカルゴはこのブルゴーニュの名産だ。例えば神楽坂の「メゾン・ド・ラ・ブルゴーニュ」は、ブルゴーニュ出身のフランス人オーナーシェフが腕をふるう。「六本木ヒルズ」近くにある「ル・ブルギニオン」は東京でも指折りの人気フレンチであり、ブルゴーニュ料理をモチーフにした内臓料理に定評がある。


「メゾン・ド・ラ・ブルゴーニュ」神楽坂

 バイヨンヌは、フランスとスペインに分断されている大西洋岸バスク地方の、フランス側の中心都市だ。バスク人は固有の言語を持つ民族である。バスク料理ではトマトのほか、トウガラシを多用するなどの特徴がある。この地の郷土料理でメジャーになったものに「ピンチョス」が知られる。たとえば、渋谷の青山学院の近く西青山地区にある「アバスク」、西荻窪の東京女子大近くの「クーリ・ルージュ」はフランス側で修業したシェフが厨房に立っている。


「アバスク」青山


「クーリ・ルージュ」西荻窪

 スペイン側では、日本橋人形町の「スパニッシュ・バル・ソル・バスコ」は、近所にある「スパニッシュ・バル・ソル」の2号店として、バスク料理にスポットを当てたスペインバルだ。


「スパニッシュ・バル・ソル・バスコ」人形町

 また、スペインのカタルーニャ地方の中心都市はオリンピックも開催されたバルセロナである。そのバルセロナ郊外にある3つ星レストラン「サン・パウ」の海外支店が「コレド日本橋」内にあり、この東京店も2つ星に輝いている。


「サン・パウ」日本橋

「赤坂サカス」の「赤坂Bizタワー」1階にある「モダン・カタラン・スパニッシュ“ビキニ”」は、カタルーニャ料理を現代風に進化させてカジュアルに提供するレストランである。

 なお、「コレド日本橋」には、南仏プロヴァンス郷土料理がカジュアルに楽しめる「イデアルプラット」も入居している。


「イデアルプラット」日本橋

 プロヴァンス料理では自由が丘「ル・シャポン」は昼下がりにふらりと訪れることができる街角フレンチを住宅街で実践している店だ。


「ル・シャポン」自由が丘


ヨーロッパ郷土料理のオープン目立つ、江戸情緒残る日本橋界隈

 イタリアンでは、パルマは生ハム、ボローニャはミートソースの本場であり、ともに北部のエミリア=ロマーニャ州にあるが、日本では観光地として知名度が低いようで、このあたりの料理は意外にもあまり紹介されてないようだ。

 一方で、日本で元祖ヨーロッパ郷土料理といえば、肉厚のナポリ風窯焼きピザではないだろうか。ここ数年でブレイクし今では宅配や、日本橋室町「ヘンリー」のような“ピッツェリア・バー”なるバール形式の新業態も登場している状況だ。


「ヘンリー」日本橋室町

 観光地として名高いフィレンツェ料理では、神楽坂「カンティーナ・フィレンツェ」は行列もできるほどの人気店で、自家製パスタやパンが楽しめる。フィレンツェを含むトスカーナ地方の郷土料理店である。


「カンティーナ・フィレンツェ」神楽坂

 また、ヴェネツィア料理では新宿三丁目駅前の「イル・バーカロ」が、現地の伝統的な日常使いのワイン酒場「バーカロ」を再現し、ワインなどを立ち飲みするコーナーを設置。そこでは大皿に盛った魚介料理と野菜料理のおつまみを100円、200円という低料金で小皿に取り分けて提供している。まさに毎日でも通えるイタリア酒場といった雰囲気である。


「イル・バーカロ」新宿三丁目

 しかし、イタリアンの中で最も活性化しているのはシチリア料理なのではないだろうか。一昨年6月、シチリア出身のオーナーシェフ、アントニーノ・レンティーニ氏が乃木坂に「リストランテ・ダ・ニーノ」をオープン。翌7月「無二路」出身の重康彦シェフが、渋谷・神泉に「アルキメーデ」をオープン。店名は古代ギリシャの高名な数学者アルキメデスにちなむが、彼はシチリアにあったギリシャの植民市シラクサに住んでいた。


「アルキメーデ」渋谷・神泉

 また、10月には青山学院近くの渋谷・西青山地区に「ドンチッチョ」がオープン。これは同年2月に惜しまれつつ閉店した石川勉シェフの人気店、外苑前「トンマズィーノ」が、移転し復活したものである。


「ドンチッチョ」青山

 新店のオープンブームはいったん下火になっているが、芸能人も訪れるというこれらの店の盛況が続くようなら、現地で修業をする若いシェフたちも増えて、再燃する可能性が高いように思われる。

 ところで、ヨーロッパ郷土料理が多い地域は、幾つかに絞られることに気づいた。1つは「ダンドロ ダンドロ」、「スパニッシュ・バル・ソル・バスコ」、「サン・パウ」、「イデアルプラット」、「ヘンリー」がある、日本橋及び人形町地区である。

 もう1つは、「ル ブルターニュ」、「メゾン・ド・ラ・ブルゴーニュ」、「カンティーナ・フィレンツェ」のある神楽坂。

 あるいは、「クーカーニョ」、「アバスク」、「アルキメーデ」、「ドンチッチョ」のある渋谷外縁部だ。

 渋谷外縁部は元々新業態の多い地区なので意外でもなんでもないが、日本橋及び人形町地区に多いのは、江戸文化が残る地区なので伝統的な郷土料理と土地柄が合っているからか。神楽坂は東京日仏学院が近くにあるので、フレンチが盛んな地域だったが、トルコ料理、インド料理、アフリカ料理など各国料理もさまざまに見られるのも関係しているような感もある。

 商業施設では「赤坂Bizタワー」に「ブレッツカフェ クレープリー」、「カステロ ブランコ」、「モダン・カタラン・スパニッシュ“ビキニ”」が入居。「コレド日本橋」にも、「サン・パウ」、「イデアルプラット」が入居している。もちろんこれは偶然ではなく、両施設のリーシングを行った、三井不動産のトレンド分析力の賜物であろう。

 いずれにしても、スローフードの流れと従来の店との差別化の必要性、都心部の家賃が高いので個人ではオーセンティックなフレンチが出しにくい現状などから、和食のみならず西洋料理でも郷土料理が主流となりつつある。

 地域的には、どちらかといえば地中海沿岸の南側の料理が好まれ、トマト、オリーブ油、ハーブをベースに味付けし、素材を生かし、さっぱりとした口あたりでカロリー控えめに仕上げてヘルシーなところが共通している。

 米、ソバ粉、魚介類と日本人には慣れ親しんだ素材を使ったメニューが多い郷土料理が、主にセレクトされていることもポイントだ。

 今後、ヨーロッパ各国南部の郷土料理店の出店が、ますます加速していくのではないだろうか。


【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ) 2008年5月14日執筆