フードリンクレポート


焼肉業界では赤身肉がロース。部位名のロースとは別物。
〜混迷するロース表示問題。正しいのは消費者庁か焼肉業界か?〜(4−1)

2010.11.24
消費者庁は10月7日、焼肉店の業界団体である事業協同組合全国焼肉協会(東京都北区王子2丁目)に対して、ロース以外の部位を使った料理に「ロース」と表示するのは景品表示法違反の不当表示にあたるとして、表示を適正化するよう指導に入った。しかし、霜降り肉を「カルビ」、赤身肉を「ロース」と記するのは焼肉業界のしきたりであるとして、焼肉業界の反発は強い。果たして焼肉店はもも肉を「ロース」と表示し続けることができるのか。レポートした。4回シリーズ。レポートは長浜淳之介。


焼肉店はロースの調理法を開発してきた。

焼肉業界では赤身肉がロース。部位名のロースとは別物。

「検討中です」。
 消費者庁より「ロース」のメニュー名が景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)第4条「不当な表示の禁止」に該当するとして、傘下焼肉業者への周知及び指導を求められた、農林水産省認可の事業協同組合全国焼肉協会(東京都北区王子2丁目)の事務局長・中井孝次氏は戸惑いを隠さなかった。

「ロース」とは背肉のことであり、もも肉など他の部位の肉を「ロース」と表示して売るのは不当表示だとするのが消費者庁の主張。

 しかし、戦後の日本で発展し昭和50年代に確立した食文化である焼肉の世界では、商慣習として霜降り肉を「カルビ」と呼称してきたのに対して、赤身肉を「ロース」と呼び習わしてきた。メニュー名の「ロース」は、部位名の「ロース」と成立の背景が異なると、焼肉業界では困惑が広がっている。


焼肉業界ではロース=赤身肉。

 今でこそさまざまな部位の名前がメニューに並ぶ焼肉店であるが、戦後間もない頃の焼肉店では恐らく「カルビ」、「ロース」と内臓肉を表す「ホルモン」くらいしかメニューがない、大ざっぱなものだったのであろう。

 そういう状況から出発して調理、提供の方法を確立し、顧客に支持されたからこそ、全国2万3000店舗、市場規模7000億円といわれる焼肉業界が、外食の有力ジャンルの1つとしてあるのだ。

 日本の焼肉は朝鮮半島にあるプルコギがもとになっていると言われるが、タレに漬けた肉を顧客が焼き、最後にもう一度タレを付けて食べるスタイルは日本で開発されたものである。そうした中で、赤身肉を「ロース」と表示するメニューも定着してきた。

 そういった焼肉業界の歴史と伝統を頭ごなしに否定されたというのが、焼肉業界の偽らざる心境なのである。


焼肉は戦後、韓国料理のプルコギなどをもとに日本で確立した外食産業だ(大阪・鶴橋にて)。

「景品表示法の優良誤認にあたると消費者庁は言われるのですが、悪意を持ってあえて意図的に表示をしたとのニューアンスではないですか。飲食店の現場の実感とかけはなれています。果たして優良誤認にあたるのかどうか、意見書を出すことを含めて現状皆様の意見をまとめているところです」と、中井事務局長は全国焼肉協会では焼肉業界の立場も理解してもらうよう消費者庁と交渉していく構えである。

「優良誤認」とはわかりにくい法律用語であるが、景品表示法第4条「不当な表示の禁止」1項に「商品又は役務の品質、規格、その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であって、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの」とある。

 要は価値の低いものを高いと錯覚させて売ったということだ。

 確かにもも肉はロース肉よりも格段に割安であり、もも肉を「ロース」と表示して出すのは実際よりも消費者に良いものと錯覚させて提供しているということかもしれないが、事はそう単純でもない。

 多くの焼肉店ではもも肉をおいしく食べる方法が開発されていく中で、「ロース」のメニュー名でもも肉を提供するだけでなく、「上ロース」、「特上ロース」のメニュー名で、本物のロース部位の背肉を提供してきた。

 つまりロース部位の肉は、上、特上と区別して売られてきたのが実態であって、それが消費者にとってどれだけ不利益になってきたのかは怪しいものである。安い肉を表示のマジックで高く売って、焼肉店が著しく儲けてきたかどうかは、焼肉店におけるロースの人気が、一般にカルビ、タンにははるかに及ばないことから見ても、そこまで大きな問題なのかとも思える。

「JAS法で小売の場合は肉の種類と部位名を表示することが定められていますが、飲食店は適用外なのです。だから消費者庁の権限であるところの景品表示法違反だということなのですが、協会としても会員が納得していないのに、表示を変えましょうと簡単に言えないわけです。焼肉業界では牛肉トレーサビリティ法においては、個体識別、原産地表示を積極的に行い消費者に情報提供を行ってきました。なのに業界の商慣習を責められなければいけないのか、戸惑っています」と、中井事務局長は今まで赤身のもも肉を「ロース」と表示して問題がなかったのになぜ今突然、消費者庁が厳しく言い出したのか、解せないと語った。

 そもそもは、JAS法で定めた肉の部位名が、外食では適用外になっていたことに問題があった。そして今、消費者庁はJAS法ではなく景品表示法の優良誤認を持ち出して規制をかけようとしている。

 このような構図になっているのである。

 焼肉業界では適用対象になっている牛肉トレーサビリティ法においては、積極的に消費者のニーズにこたえてきたので、法的に優良誤認が納得できれば改善するのは当然と考えていると見てよいだろう。


【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ)  2010年11月23日執筆