フードリンクレポート


小売業では今までなぜ問題にならなかったのかとの反響。
〜混迷するロース表示問題。正しいのは消費者庁か焼肉業界か?〜(4−4)

2010.11.29
消費者庁は10月7日、焼肉店の業界団体である事業協同組合全国焼肉協会(東京都北区王子2丁目)に対して、ロース以外の部位を使った料理に「ロース」と表示するのは景品表示法違反の不当表示にあたるとして、表示を適正化するよう指導に入った。しかし、霜降り肉を「カルビ」、赤身肉を「ロース」と記するのは焼肉業界のしきたりであるとして、焼肉業界の反発は強い。果たして焼肉店はもも肉を「ロース」と表示し続けることができるのか。レポートした。4回シリーズ。レポートは長浜淳之介。


ロースの語源は英語のroastで焼いて旨い肉といった意味だった。

小売業では今までなぜ問題にならなかったのかとの反響

 食肉流通では、焼肉業界の「ロース」表示をどう見ているだろうか。

 全国の小売店6146店舗を傘下に持つ、全国食肉事業協同組合連合会では、「焼肉屋と肉屋では感覚が違うのでしょうが、正しい部位を売るようにと厳しく言われてきた自分たちからすれば、なぜ今まで問題にならなかったのかが不思議でしょうがない」とのこと。

 巷のスーパーが「ロース」と表示してもも肉を売ったならば、直ちに食品偽装として社会問題になるであろう。肉の小売業者には、BSEや輸入肉を国産と表示する偽装問題が表面化した2000年代初頭からは、特に厳正な販売を心がけ、消費者の信頼を回復してきたと自負がある。


スーパーではロース部位の肉が「ロース」。かた部位は「かた」と明確に区別されている。

 最近では焼肉店でも肉をカットする技術に長けた人が少なくなり、枝肉で買うのは減少傾向にあるそうだ。あらかじめカット業者が切り分けた肉を買っているのであり、同じ部位の肉が、小売店に行けばもも肉となり、焼肉店に行けば「ロース」になるといった珍妙な現象が起こっていると、全肉連は指摘した。

 部位としては、一般にロース肉の卸値はもも肉はよりも3割くらいは高い。同じもも肉が焼肉店では「ロース」の高級イメージで提供されているのは、どうにも納得できないというのが、小売サイドの意見の大勢であるようだ。

「しかし、もも肉であってもロースに近い部分では、ロースと味が似てくるのです。肉は切り方によって味が変わってきますから、上手にカットしたロースに近い部分のもも肉をロースと表示して出したとしても、違いに気づく消費者はほとんどいないでしょう。カットの技術と部位とは区別して考えています」。

 一方で、JAS法の権限を持つ農林水産省では、外食がJAS法の適用外であることもあって、焼肉業者に同情的だ。

 農水省食肉鶏卵課では、「最近開業した焼肉店では割合と商品名と部位名を一致させる傾向が強いですから、ロースというとロースの部位を提供している店が多いです。苦しいのはスーパーが焼肉用のロースを売るようになるずっと前から焼肉店をやっている、関西の老舗に多いでしょうね」と、赤身肉をロース、霜降り肉をカルビ、内臓肉をホルモンとざっくりと表示してきた老舗焼肉店の立場を思いやった。

 そもそもロースという言葉自体が、英語の焼くを意味するロースト(roast)を語源とする日本語であり、英語の発音では語尾の「t」が聞き取りにくいために、赤身肉全般をロースと呼ぶようになったらしい。

 一方で、背肉を意味する英語は「loin(ローイン)」であるが、ロースがローインにほぼ相当する語となったのは、おそらく昭和52年の食肉小売品質基準以降である。ほぼ相当するというのは、完全に一致するわけではないので、あいまいな部分を残している。

 ちなみに、カルビは韓国語・朝鮮語のあばらやばら肉を指す語から、焼肉店では広く霜降り肉を意味するようになった。ホルモンにいたっては、関西弁の「ほるもん=捨てるもの」を語源とすると言われている。

 カルビやホルモンは言葉として食肉小売品質基準に採用されなかったのに対して、ロースは採用されたから、今回の表示問題が起こったのである。

 ロースはその後、JASの縛りもあり、背肉の部位を示す語として日本に定着して今日にいたっている。それに対して焼肉業界のみが古くからのロースの言葉の意味である赤身肉で、今日まで来てしまったのだ。

 そのため、消費者の考えるロースと、焼肉店のロースの間に乖離が起こっている。

 例えば大阪では「たぬきそば」は油揚げ入りのそばを指す。それを知らずに東京の人が大阪で天かすが入ったそばが出てこなかったのを憤り、消費者庁に通報したらどうなるか。恐らく食文化が違うだけと一笑に付されるだろう。見方によってはこれに近いことが、「ロース」表示に関して起こったとも言えるのだ。つまり文化の違いである。

 ただし、焼肉店でも新しい店は食肉小売品質基準に基づいたメニュー表示を行う店が増えており、古くからある店でもそのほうが消費者の利益を考えれば焼肉店のあるべき姿だとする店も少なからずある。

 農林水産省では外食産業室が全国焼肉協会のアドバイザーとなって、一緒に「ロース」表示を今後どうしていくか検討中である。


農林水産省。

 繰り返すようだが、消費者庁は来年3月以降に改善されなければ具体的に不当表示につき処分を行うと明言しているので、農政事務所や保健所がどう判断しようが、処分は決行される。何店もチェーン化している店や全国的に知られている店、地方の有名店は、「ウチのところは関係ない」、「知らない」では済まされなくなる。

 それで、「ロース」のメニュー名を「ロースト」と改めて消費者庁が納得するか。発想は素晴らしいがちょっと紛らわしいだけに何とも言えない。

 まじめに営業してきた焼肉店の中には、早速表示を「もも」と改めたが、売り上げが減ったとの投書も、フードリンクニュースには寄せられている。

 提案したいのは個人店は、全国焼肉協会が何かアクションを起こすまでは、焦ってメニュー表示を変えることはないということだ。また、今回で問題になっているのはロースのみなので、表示を変えて売り上げが減ることを見越し、新しい売りを開発しておくのが肝要である。

 消費者の認識からすればロース部位を「ロース」と表示して出したほうがいいような気もするが、いずれにしても「ロース」表示問題はそう簡単に決着しそうにない。その後、カルビなど他のメニューの表示にまで拡大するかも不透明で、むしろもっと偽装ではないかと思える表示も他にあるが、消費者庁は「ロース」表示以外に興味ないようである。

 仮に全国焼肉協会が消費者庁に、赤身肉全般を「ロース」と呼ぶ業界の慣行は景品表示法の優良誤認ではないと意見書を提出した場合、裁判に発展するケースも考えられる。

 今後、どのように展開するか、事態の推移を注視していきたい。


【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ)  2010年11月23日執筆