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テレビ番組で大絶賛の直後に起こった集団食中毒。
~えびす食中毒事件から始まった生肉規制の動き~(5-1)

2011.5.15
「焼肉酒家えびす」が引き起こした、腸管出血性大腸菌O111・O157による集団食中毒は拡大を続けている。患者数は109名に上り、死者4名。外食産業の信頼を失いかねない一大事だ。事件の背景、関係省庁・自治体や焼肉業界の対応などをまとめた。5回シリーズ。レポートは長浜淳之介。


食中毒の原因とされる、焼肉酒家えびすの「和牛ユッケ」(280円)

テレビ番組で大絶賛の直後に起こった集団食中毒。

 集団食中毒事件を起こした「焼肉酒家えびす」は石川県金沢市に本社があるフーズ・フォーラスが経営する郊外型焼肉チェーン店で、店舗数は石川県、富山県、福井県の北陸3県と神奈川県に20店。

 創業は1997年なので、「牛角」とほぼ同じくらいのキャリアがある。第1号店は今回29名、うち重症者4名の食中毒患者が出た、富山県高岡市の高岡駅南店である。


1号店の高岡駅南店

 厚生労働省によれば5月10日時点での腸管出血性大腸菌O111及びO157による、溶血性尿毒症症候群(HUS)有症者数は109名で、うち重傷者は34名、死者4名を数えている。

 富山県が患者数104名と圧倒的に多く、重症者32名、死者3名。店舗では砺波市の砺波店、高岡市の高岡駅南店、富山市の富山山室店の3店に患者が集中している。死者3名はいずれも砺波店である。

 福井県は患者数4名で、重症者1名、死者1名。福井市の福井渕店で患者が出ている。

 神奈川県は患者数1名で、重症者である。横浜市旭区の横浜上白根店での食事が原因で食中毒を起こした。

 これらの店舗は、感染源、感染ルートが特定されていないため、食品衛生法に基づいて無期限もしくは数日の営業停止処分を受けている。フーズ・フォーラスは処分を重く受け止め、5月6日より全店で営業を停止するとともに、4月19日から26日の間に「和牛ユッケ」を食し、嘔吐、吐き気、下痢、腹痛などの身体症状のある人は最寄の保健厚生センター(保健所)に相談するよう呼び掛けている。

 富山、福井、神奈川の3県警と警視庁が合同捜査本部を立ち上げ、フーズ・フォーラスと同社に肉を卸していた板橋区内の大和屋商店を、業務上過失致死傷罪の容疑で家宅捜査に入り、慎重に事件の全容解明へと向かっている。

 厚生労働省食中毒被害情報管理室によれば、「あたかも事件がほぼ解決されたかのような報道のされ方をしていますが、ユッケ以外にもたとえばキムチに何らかの原因で菌が付着した可能性も残されています。捜査は始まったばかりです」と、感染ルート解明が容易でないことを示唆した。

 ただし、ユッケが感染源の食材として非常に怪しいことは事実で、生肉の取り扱いが衛生的になされているかどうかが焼肉業界のみならず、外食産業全体の問題となっている。

「焼肉酒家えびす」は回転寿司から学んだという、1皿100円からメニューがある低価格路線で躍進中のチェーンで、2010年7月に横浜上白根店をオープンして首都圏に初進出。「100円焼肉えびす」をキャッチフレーズに、これから焼肉の価格破壊により、全国チェーンに向けて拡大路線を突っ走ろうとした矢先の集団食中毒事件であった。

 フーズ・フォーラス社長の勘坂康弘氏は、1968年高岡市生まれの42歳。金沢市内の金沢経済大学(現・金沢星稜大学)在学中にディスコでアルバイト。その時の経験が後に外食を志す切っ掛けとなる。


フーズ・フォーラス、勘坂康弘社長

 創業時の「焼肉酒家えびす」は今のような極端な低価格路線ではなく、黒塗りの外観のようなおしゃれな空間と、高級店並みの接客で売っていた。ディスコ出身の外食起業家は非日常の演出とサービスでは負けないと自負する人が多いが、勘坂氏もその系譜の一人である。

 母親が厨房に入り、父親が駐車場の交通整理をするような家庭的な経営のお店だったという。起業にあたっては自分も必死でお金を貯めたが、両親の援助もあったようである。

 勘坂氏の人物像については起業家にありがちな毀誉褒貶はあるが、勉強熱心であったことは確かなようで、自己啓発本を熱心に読み、フジテレビ系列富山テレビ制作「食人列伝2008」に出演の際には、てっぺんの大嶋啓介氏を発信源とする「本気の朝礼」を行っていることが映されている。

 そして、食中毒を起こした富山山室店が、「笑顔とありがとうがあふれるお店」と紹介されている。

 第3回外食アワード受賞者であり、NPO法人居酒屋甲子園の初代理事長でもある大嶋氏でもなしえていない、「笑顔とありがとうを日本一与えるチェーンレストランの実現」こそが勘坂氏の目標であったのである。当時はまだ10店舗の北陸のローカルチェーンだった。顧客を幸せにするだけでなく、店長の年収をダントツ日本一にするのがミッションとも言っていた。

 他の番組では、タレントの磯山さやかさんや元モーニング娘。の石川梨華さんも「焼肉酒家えびす」を訪れて、「和牛ユッケ」などを食べている。

 その後、つい半年くらい前に神奈川に進出し、やはり食中毒患者を出した横浜上白根店オープンから瞬く間に、県内に3店、横浜若草台店(横浜市青葉区)、相模原橋本店(相模原市緑区)、藤沢湘南台店(藤沢市)をオープンさせている。

 食中毒の起こる直前、4月18日放映の日本テレビ「人生が変わる1分間の深イイ話」激安スペシャルで、羽鳥慎一さんや島田紳助さんら10組のタレントたちに、「安い肉で高級店並みのサービスをしている、偉い」と言わしめていたのだ。

 この店の一番高いメニューは「カルビ」380円で、しかも国産黒毛和牛のA3クラスと紹介され、安い理由はメニューの絞込みにあり、19種類の人気の肉だけを大量に仕入れることで激安を実現しているとされていた。それだけでなく黒を基調とした高級感ある空間、テーブル毎に担当が付く高級店並みのきめ細かいサービスを実現していると大絶賛だったのである。

 それだけに放映直後のあっという間の転落が信じられないほどだ。勘坂氏の「生肉用の牛肉は世の中にない。食べていけないなら法律で禁じればいいじゃないか」という、いわゆる逆ギレ会見。4人目の死亡者が出た時の土下座会見など話題になったが、彼の悔しい心中はこれらの番組を視聴すると察するに余りあり、世間的にエキセントリックと見えた行動が理解できるのだ。

 事件の現場の1つ、横浜上白根店に行ってみた。


横浜上白根店 外観

 4月19日にユッケなどを食べた19歳の女性が、溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症。意識混濁の重症になっていたが現在は回復傾向にあるという。横浜市保健所によれば、23日より入院して血液から腸管出血性大腸菌O111の抗体が検出されている。

 HUSに感染すると腸管出血性大腸菌の出すベロ毒素によって腎不全が引き起こされ、尿毒症を発症する。特に子供、高齢者に多い感染症だが一般の成人でも発症するケースがある。

 同店は、JR横浜線と横浜市営地下鉄の中山駅から2キロメートルほどの中原街道沿いにあり、1キロメートルほど先には「よこはま動物園ズーラシア」という好立地。ひかりが丘団地などの団地や県立四季の森公園も近く、横浜病院と上白根病院という2つの大きな病院が徒歩圏にある。

 すぐ目の前に中山駅と相模鉄道鶴ヶ峰駅を結ぶバス停があり、隣には吉野屋、そしてローソン。信号を渡った道向かいには、ショッピングセンター「横浜四季の森フォレオ」があり、マルエツ、ノジマ、ロイヤルホームセンター、ファーストキッチン、サーティワンアイスクリーム、タイトーのゲームセンターなどが入居している。


焼肉酒家えびす横浜上白根店。道向かいにショッピングセンター、隣は吉野家。


横浜上白根店の扉にお詫びとお知らせが張ってあった。

 中原街道に沿って、中小企業の事業所、配送センターなども多く、その奥はびっしりとわりと高級な住宅地になっている。

 コンビニの従業員に聞くと「このあたりは飲食店が不足気味なので、えびすも結構流行っていた」とのこと。つまり黙っていても人が集まって来るような素晴らしく良い場所に店舗があった。


横浜上白根店近くの焼肉バイキングレストラン。人が吸い込まれていく。この日8割は埋まっていた。

 ここの物件を見た瞬間、勘坂氏には「焼肉酒家えびす」が満席になっているイメージが瞬時に浮かんだだろう。マザーズ上場、300店も夢じゃないと思えたはずだ。

 一方で本格的に全国規模のチェーンへと成長するにあたり、肉の取引先を2009年7月に大和屋商店に変更している。それ以降、ユッケのような生肉を提供するにあたり、従来店舗で行っていた、菌が付着している危険性がある肉の表面を削ぐトリミングを、実施しなくなったという。
 

【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ)  2011年5月10日執筆