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なんと生肉を提供する焼肉店の7割以上が衛生基準を満たさず。
~えびす食中毒事件から始まった生肉規制の動き~(5-2)

2011.5.17
「焼肉酒家えびす」が引き起こした、腸管出血性大腸菌O111・O157による集団食中毒は拡大を続けている。患者数は109名に上り、死者4名。外食産業の信頼を失いかねない一大事だ。事件の背景、関係省庁・自治体や焼肉業界の対応などをまとめた。5回シリーズ。レポートは長浜淳之介。


3名の死者を出した焼肉酒家えびす砺波店。

生肉を提供する焼肉店の7割以上が衛生基準を満たさず。

 「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件は、富山県砺波市内の砺波店で食事をした70歳の女性が、5月5日に亡くなって以来、新たな死亡は確認されていない。

 事件は終息に向かっているように一見映るが、現在の時点で「焼肉酒家えびす」の店舗からも、肉を卸していた板橋区の大和屋商店からも、腸管出血性大腸菌O111及びO157は発見されておらず、感染ルートがはっきりしないまま警察の捜査は意外に難航している。


腸管出血性大腸菌(写真はO157)

 しかし、「焼肉酒家えびす」は全店営業自粛に追い込まれ、同店を北陸3県、富山、石川、福井の各県と、神奈川県で20店チェーン展開していたフーズ・フォーラスと勘坂康弘氏には、多数の「人殺し」などと書かれた批判メールが届き、あることないことを新聞、雑誌、ニュース番組、ワイドショーで報道されて社会的制裁を受けている。

 勘坂氏がいわゆる5月2日の逆ギレ会見で「生食用として流通している牛肉はない」と強弁したのは、有症者が出た管轄の保健所も認める事実。

「他の焼肉業者と同じく加熱用の牛肉をユッケにして出したのであって、ならばユッケを法律で禁じたらいい」と勘坂氏は開き直ったが、今回事件を起こし現に死者まで出たのは「焼肉酒家えびす」だけなので、そこまで言うのはどうなのかといった
ところだ。ただし会見効果か、国の規制が甘かったのが4人もの死亡者が集団食中毒で出た一因だと社会的に批判が高まった。

 蓮舫消費者及び食品安全担当大臣が、不安のある場合は、子供、高齢者、健康状態が優れない大人が生肉を食べることを控えるように呼び掛けた。

 また内閣府食品安全委員会では、牛肉やレバーなどの牛内臓を生で食べることを控えること、腸管出血性大腸菌は75℃で1分間以上の加熱で死滅するので、中心部まで加熱することを訴えている。

 それを受けて、厚生労働省では平成10年9月11日に定めた「生食用食肉の衛生基準」を守るように業者に訴えている。衛生基準では、菌に対して陰性であること、生食用の表示をすること、都道府県等は指導を徹底することの3点がうたわれている。

 生肉の調理法として、表面の細菌汚染を取り除くための肉塊のトリミングを行う。トリミングや細切の際には他の設備と明確に区別された洗浄や消毒の設備を備えた場所で行う。調理は10℃以下の低温を保持する。加工台、まな板、包丁の器具は不浸透性材質の専用のものを使う。トリミングや細切の前後、かつ1つの肉塊の終了ごとに、手指と使用器具の洗浄、消毒をすること。---などといった細かい指示がなされている。

 ただしこれに法的強制力がないので、形骸化しているのではないかと問題になっている。 生食用の馬肉は全国12ヶ所の解体場から出荷されていても、生食用の牛肉は流通していなかったのだ。牛肉を生で消費者に提供するかどうかは、最終的には飲食店、小売業者に委ねられていた。

 それでは腸管出血性大腸菌による食中毒は防げないということで、厚生労働省では都道府県等に対し、再発防止の観点から生食用食肉を取り扱う営業施設に対して緊急監視を行うように指示した。

 また、生食用食肉を提供する飲食店において、どの施設において適正な加工を行っているかを店内等に掲示し、営業者間の取引において衛生基準に基づく加工を行っているかを文書で確認するよう、都道府県等に指示している。

 先週くらいから県の職員が、ユッケなどの生食用肉の取り扱いについて、焼肉店などの飲食店に立ち入り検査に入っているのはそのためだ。


保健所による焼肉店の立ち入り検査。

 例えば毎日新聞5月14日付地方版では、徳島県内の9日から13日午後3時までに立ち入った54ヶ所の生肉提供者のうち、47ヶ所は衛生基準を満たさなかったという。

 同じく埼玉県では2日から実施してきた立ち入り検査の結果を13日に公表。さいたま市、川越市を除く117ヶ所が生肉を提供し、86ヶ所が衛生基準を守っていなかった。

 さらに読売新聞13日付地方版では、山形県内12日正午までに立ち入った生肉提供の焼肉店39店の全てが衛生基準を守っていなかったと報道されている。

 同様な結果は全国から続々と寄せられており、なんとユッケなどの生肉を出す焼肉店の7割~8割以上は、衛生基準を満たさないまま、顧客に提供していたショッキングな結果となる公算が強いのである。もしかしたら最終結果は9割近くに達するかもしれない。

 非衛生的な生肉を出していたのは、「焼肉酒家えびす」だけではなかったのだ。「焼肉酒家えびす」がどれだけ非衛生的であったかは、捜査の結果が待たれるが、勘坂氏が「自分たちだけが特別でない」と開き直った態度を取ったのは、残念ながらそれなりの根拠があったということになる。

 腸管出血性大腸菌による有症者は毎年5月頃から夏場にかけて増える傾向があり、食品安全委員会「食品健康影響評価のためのリスクプロファイル~牛肉を主とする食肉中の腸管出血性大腸菌~(改訂版)」の表5、表8によれば、2004年から08年までの5年間、毎年2500~3000名前後の有症者が出ている。死者も4~7名出ている。

 わりとありふれた食中毒で、牛の腸などにいる菌が、何らかの理由で肉に付着し、それを除去せず、または十分に過熱しないで食べると、全員ではないが溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症するケースがある。また、欧米では生産段階で牛糞に汚染された、野菜、果物、ジュースが原因である事例も報告されている。

 厚生労働省の調べでは、2003年から09年までの腸管出血性大腸菌による食中毒発生事例の件数が最も多いのは焼肉など36件。レバー18件、ユッケ8件、ステーキ/ハンバーグ4件、ホルモン3件と続いている。そのうち原因施設の8割超が飲食店となっている。つまり統計的にも、焼肉店をはじめとする飲食店で、主にHUS患者が発生しているのだ。

 O111やO157の感染症と肉の鮮度は関係がない。新鮮な肉であろうが、汚染された肉をよく火を通さずに食べると、全員ではないが特に子供や高齢者にHUSを発症しやすく、最悪死亡するのである。

 

【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ)  2011年5月15日執筆