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厚労省、保健所は検査適合店には堂々とユッケを出すよう指示。
~えびす食中毒事件から始まった生肉規制の動き~(5-3)

2011.5.18
「焼肉酒家えびす」が引き起こした、腸管出血性大腸菌O111・O157による集団食中毒は拡大を続けている。患者数は109名に上り、死者4名。外食産業の信頼を失いかねない一大事だ。事件の背景、関係省庁・自治体や焼肉業界の対応などをまとめた。5回シリーズ。レポートは長浜淳之介。


スタミナ苑は生肉がないので安心とうたう。

厚労省、保健所は検査適合店には堂々とユッケを出すよう指示。

 「焼肉酒家えびす」の腸管出血性大腸菌、O111及びO157による食中毒事件を受けて、焼肉店ではユッケなどの生肉の提供を自粛する動きが広がっている。

 食中毒事件で死者も出ていることから顧客に不安が蔓延し、「ユッケを食べたが大丈夫なのか」、「メニューにユッケがあるけどこの店ではどうなのか」といったような問い合わせ、質問が相次いだ。

 大半の店はもちろん、ユッケに切り分ける前、肉塊の表面に付着した菌を除去するために、表面を隈なく削ぐトリミングを行っていた。チェーン店でそれを怠っていたのは「焼肉酒家えびす」くらいのものだと思うが、食中毒の全容が明らかにならない気持ち悪さもあり、特にファミリーを対象とする全国チェーン店から、自粛の動きが始まった。

「焼肉屋さかい」は5月2日から、「安楽亭」は3日から、「牛角」は5日から、「あみやき亭」は5日から、高級店の「叙々苑」も7日から、それぞれユッケとユッケ関連商品の販売を見合わせている。


牛角でもユッケを自粛している。

 この中には当面事件が落ち着くまで休止する店と、メニューそのものから恒常的に外す店がある模様だが、幅広い顧客層を持つこれらの店がユッケを自粛したために、個人店もなだれの如くユッケ自粛へと動いた。

「焼肉屋さかい」、「安楽亭」、「牛角」、「あみやき亭」、「叙々苑」の店舗数を合わせると1200店ほどで、全国に約2万店あるとされる焼肉店の一部に過ぎないが、大半が個人店か数店の小規模チェーンであるので、これら全国的な知名度の高いチェーンの影響力は大きいというわけだ。


叙々苑では最初はユッケを自粛していなかったが、7日より休止している。

 特に5月5日に、厚生労働省が都道府県等に生食用食肉を取り扱う施設を緊急に監視、指導するように通知を出し、連休明けの9日頃から、全国の保健所が焼肉店をはじめとする生肉提供施設の立ち入り検査に入ってからは、自粛が加速している。まずは検査まで、一旦生肉の取り扱いを休止するというわけだ。

 しかも中間報告では、7割以上の生肉提供店が、厚生労働省が平成10年9月11日に定めた「生食用食肉の衛生基準」を満たしていないという、衝撃的な報告が出ている。この理由について保健所に聞き取りしたところ、「肉をトリミングした作業工程での細菌検査を行っていない店が多かった」とのこと。「家族経営の小さな焼肉店では、チェーン店と違って検査をしていない店が多いので、トリミングが衛生的にできていても不適合とせざるを得なかった」というわけだ。

 不適合の店に対しては、各保健所は当面の生肉提供の自粛を要請。衛生基準を満たした改善を行った時点で再度、店からの連絡をもらって、できているかどうかを確認してから自粛を解除するように指導していく方針だ。

 なので、資本の乏しい小さな焼肉店でも、ユッケのような生肉を提供しようとするなら、多少のお金はかかるが民間の検査機関に依頼して、緊急に細菌検査を行わないとならない。保健所で検査を受け付けるケースもあるが、現状の生肉提供店全店検査にかかりっきりの状況では、かなりの時間を要する。

 厚生労働省では5月10日付で、保健所の検査で適合となった店に対しては、積極的にメニューまたは店内に、安全性を確保した生肉であることを掲示するように要請している。

 たとえば検査に通れば、「当店のユッケは、当店にて(グループ店が所有するA工場にて、あるいは納入元のB社にて)厚生労働省が定める生食用食肉等の衛生基準に適合した加工を行っています。」と、堂々とうたえばいいのである。 国がお墨付きを与えたのに対して、自信があればユッケを提供するのをためらわなくてもいいのだ。

 しかし、厚生労働省の緊急監視に対する態度も、「最初は電話で確認すると細菌検査は近々実施予定で適合としていたのに、12日にはもう既に検査済みでないと不適合だと言ってきた。それでいったん適合としていたお店が、不適合になってしまったケースもあった」(香川県)と保健所ですら困惑する場当たり的な面もあって、今のユッケ自粛パニックの一因となっている感がある。

 個人店の中には、足立区鹿浜の人気店「スタミナ苑」のように、ホームページで「スタミナ苑では生食用の肉類メニューはございません。平常通り営業しております。ご安心して「旨い焼き肉!」をお楽しみください。」とうたう店もある。

 作業工程が面倒でリスクも高い、ユッケをはじめとする生肉を提供せずとも、焼肉屋は十分に成立する。生肉屋ではないのだから、あくまで焼肉で勝負すればいい。女性の人気を得たいならデザートなどで差別化する方法もあるだろう。それも一つのやり方だ。

 一方で、保健所の検査に通ることが前提だが、ユッケ提供を休止する店舗が増えると、提供している数少ない店に食べたい人が流れてくるので、提供し続けていくとチャンスだと考える向きもある。

 焼肉店でのユッケのオーダーは減ってはいるが、「どうしてユッケが食べられないのか。怪しい肉でも出していたのか」といった消費者からの逆の苦情も実は多い。提供しても提供しなくても、苦情は来るのである。ただ総体としてユッケを食べたい人が減っても、残ったニーズ以上に提供店が少なければ、その数少ない提供店に顧客は集中するだろう。

 一例として香川県さぬき市の焼肉店「喰樽」では、ユッケを食べたい人のニーズにあくまでこたえていくとしている。

 顧客を安心させる工夫として、「飛騨牛一頭家 馬喰一代」は、岐阜市に2店、岐阜県各務原市、名古屋・名駅、東京・銀座に各1店の計5店を展開するが、牛肉をトリミングした後、表面を400℃のバーナーで炙って、焦げ目付きのユッケを提供している。


馬喰一代 名古屋店


馬喰一代 ユッケ。今はちょっと焦げ目が付いている。

 同店では、「焼肉酒家えびす」の食中毒事件以来、主力商品の1つであるユッケを守るために腐心しており、肉を熱湯に浸すなど試行錯誤を続け、今は表面を炙るスタイルとなっている。

 あるいは、「肉の万世」は秋葉原を中心に東京、埼玉、千葉、栃木、福島に店舗があるが、「ローストビーフユッケ(ユッケ仕立ての和牛ローストビーフ芯)」というメニューがある。火の通ったローストビーフの芯の部分をぜいたくにユッケ風にアレンジした創作料理で、通常のユッケの味とは異なるが、これはこれで旨い。食中毒のリスクもさらに少ない。


肉の万世 国立富士見台店


肉の万世 ローストビーフユッケ

 このようにユッケ自粛の風潮の中にあっても、独自の店の判断でユッケを出すことも可能なのである。ただし、保健所の立ち入り調査で不適合とされれば、法的強制力はないものの速やかに改善して、もう一度検査して適合となるまでは自粛したほうがベターだろう。

 厚生労働省、保健所は別にユッケをはじめとする生肉提供を禁じてはおらず、調理過程が検査の結果適正であれば、その旨をメニューや店舗に顧客がわかるように掲示するよう求めているのである。
 

【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ)  2011年5月15日執筆