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責任を押しつけ合うえびすと大和屋商店の泥仕合。
~えびす食中毒事件から始まった生肉規制の動き~(5-4)

2011.5.19
「焼肉酒家えびす」が引き起こした、腸管出血性大腸菌O111・O157による集団食中毒は拡大を続けている。患者数は109名に上り、死者4名。外食産業の信頼を失いかねない一大事だ。事件の背景、関係省庁・自治体や焼肉業界の対応などをまとめた。5回シリーズ。レポートは長浜淳之介。


川口地方食肉卸売市場(埼玉県川口市)

責任を押しつけ合うえびすと大和屋商店の泥仕合。

「焼肉酒家えびす」で発生した、ユッケを食したのが原因とされる腸管出血性大腸菌O111及びO157による溶血性尿毒症症候群(HUS)食中毒事件は、当初同チェーンを運営するフーズ・フォーラスと勘坂康弘社長ら幹部、店舗責任者たちの業務上過失致死傷容疑で逮捕にて早々に決着すると思いきや、捜査は難航し長期化する見通しだ。

 現在まで感染ルートがはっきりしていないからだ。過去O157によって死亡した事件はあってもO111では知られていなかったので、その点も謎である。

 なぜ、4月18日の日本テレビ系「人生が変わる1分間の深イイ話」で「焼肉酒家えびす」が神奈川県の視聴者投稿という形で放映された直後の19日から1週間ほどの間に、患者が集中しているのか。顧客が殺到すると思って18日より予め前日分のユッケを大量につくり置きしておいて、翌日に提供したから中毒症状が発症したのか。同チェーンでは、余ったユッケを翌日にも提供していたとの報道もあった。


焼肉酒家えびす 料理イメージ

 また、どうして食中毒患者の出た店が、砺波店、高岡駅南店、富山山室店、福井渕店、横浜上白根店に限定されているのか。しかも富山の3店に集中しているのか。そこもはっきりしていない。


焼肉酒家えびす 内装イメージ。安いだけでなく空間もスタイリッシュだった。

 横浜市の5月16日の記者発表資料では、横浜上白根店で食事をし重症となっている女性と一緒に来店した男性(症状なし)の検便より採取したO157と、富山県の患者のO157のDNAパターンが一致したとのこと。また、富山県、福井県の系列店を利用した患者からDNAパターンが一致したO111が検出されている。

 よって、横浜市は共通の汚染された食材が流通していたとし、患者は上白根店が利用が原因の食中毒であると断定した。

 横浜市の発表したとおり、共通の汚染された食材があるなら、それは何かが当然問題になる。

 ユッケの原料となる肉は、板橋区の大和屋商店から納入されたとのこと。現地に行ってみると、東武東上線大山駅のすぐ裏の繁華街に立地し、目の前には一世を風靡した「居酒屋革命」がある。


大和屋商店。家族経営的な卸業者だという。

 とても小さな建物で、20店もチェーンがある店の肉を一手に仕切っているようには見えなかった。

 板橋区保健所に確認してみると、「大和屋商店は家族経営のような小さな肉卸業者で、別に豚肉の加工場も持っています。ユッケ用とされる牛のもも肉と神奈川県にはバラ肉、トントロなどを卸していただけで、全部の肉を売っていたわけではないのです」と、明かしてくれた。

 つまり、大和屋商店は解体した牛より内臓を取った枝肉を仕入れ、そこからもも肉を小分けのブロック肉にして真空パックにし、フーズ・フォーラスに発送していた模様だ。

 大和屋商店は板橋区保健所によれば、調理場が狭いこともあり、平成10年9月11日に定められた「生食用食肉の衛生基準」に則った生食用と加熱用の肉の処理で調理器具を分けるまでは徹底されていなかったが、1つの肉を加工した後の消毒はきちんと行っていた。なので、衛生基準から見ると違反した部分があったことは確かだが、非衛生とまでは言えないようだ。

 しかし、報道によれば大和屋商店は「フーズ・フォーラスに卸していたのは加熱用の肉なので、トリミングは行っていない」、「フーズ・フォーラスよりトリミングの指示はなかった」としている。

 肉の表面に付着した菌を除去するために、肉の表面を隈なく薄く削ぎ落とすトリミングは、流通のどの段階で行っても良いことになっている。

 報道によればフーズ・フォーラス側は「大和屋商店からユッケ用の肉として提案された」、「2年前の取引開始時より100%使用できるものと思っていたので、トリミングは行っていなかった」と語っているとされ、両社で言い分が食い違っている。

 厚生労働省も所轄の各保健所も「責任をなすり付け合っている」と、困惑を隠せない。

 さまざまな取材で、「両社にきちんと交わした契約書がなかった」、「両社でユッケの試食会を行っていた」、「和牛ユッケと表示しながら、交雑種の国産牛が混じっていた」、「和牛A3クラスの肉どころか、牛乳が出なくなった牝の廃用牛だった」、「大和屋商店からユッケのサンプルができたと、フーズ・フォーラスに送ったメールが見つかった」など報道されているが、警察の捜査で未だ全貌が解明されたわけではない。


大和屋商店がフーズ・フォーラスに送ったとされるユッケ用サンプルができたとの報告メール。ネットで広まっている。

 ついには、大和屋商店が肉を仕入れた上流の川口食肉地方卸売市場、さいたま市食肉中央卸売市場にまで、富山、福井、神奈川の3県警と警視庁からなる合同捜査本部は12日に実況見分を行っている。


さいたま市食肉中央卸売市場

 川口食肉地方卸売市場の近くの食堂経営者に聞いてみると、「別にこのあたりは騒然となっているわけでもないですよ。衛生管理はきちんとしていますからと畜場は問題ないでしょう。トリミングは仕入先でやっていたとしても、普通はお店でやるものです。プロとはそういうものだ」と、市場に対する信頼は揺るがず、フーズ・フォーラスに対する食肉業界の風当たりに強さが伝わってきた。

 食中毒が起こった場合、食品衛生法上まず問われるのは提供者、たとえば飲食店である。だから「焼肉酒家えびす」の食中毒が発生した店には営業を禁止、停止の処分が行われている。さらに全20店を営業自粛せざるを得なくなった。
 大和屋商店は、おそらく取引では最も大口にあたるフーズ・フォーラスを失ったのはあまりに大きいが、営業は他の取引先相手に今も行っている。

 フーズ・フォーラスの勘坂社長が「あなたも同罪だ」と大和屋商店を巻き込んでいく構図になっているわけだが、和牛ユッケが280円という他店の半額以下で出せるはずがない。

 安さでは他店に負けない「牛繁」チェーンですら、国産牛ユッケ刺を690円で出しているのだ。たとえ「焼肉酒家えびす」の盛り付けが小盛りであったとしても、「牛繁」が和牛ではない国産の牛でようやく頑張って690円で出せるユッケ刺を、そんなに安くすれば多少の仕入れ段階における偽装は織り込み済みと考えるのが自然だ。

 おそらく「焼肉酒家えびす」が以前行っていたトリミングを、マニュアルを改定してしなくなったのは、削ぎ落とす肉がもったいないと思ったからではないか。現にそういう報道もあった。肉の細菌検査をそれまで定期的に行っていたのを2009年7月以降行っていなかったと、勘坂社長は記者会見で明らかにもしている。過去に菌が付着していたことがなかったのが理由とされるが、これも検査にかかる費用を惜しんだのだと考えられる。

 食の安全に対して目を瞑り、利益優先で激安に走った結果の食中毒事件であったのであろう。

 100円焼肉に走る前も、半額セールを行うなど価格破壊に熱心であったが、幾らなんでも大量に品目を絞って仕入れようが、価格設定が無茶すぎた。客として食事をした自社の社員4名からO111も検出されており、重症ではなかったにしても、勘坂社長も認めたとおり安全管理に無頓着過ぎた。

 生食用の牛肉が現実には流通していないのも確かに問題で、流通している牛肉は建前は加熱用になる。厚生労働省は今のところ、建前上加熱用であろうが衛生基準を守っていれば生食を許可する方針ではある。つまり、きちんとトリミングし、調理器具が加熱用と生食用で区別され、消毒を細かく行い、自主的な細菌検査も行っているのが条件である。

 しかし、今回食中毒で大きな被害が出た富山県では、生食用の牛肉が存在していないのでリスクが高いとして、焼肉店などに牛の生肉を出さないように自粛を求めていくという。このあたりのどこまで自粛を求めるかは、各保健所によって衛生基準の解釈が異なるケースがあるので注意したい。


富山県庁。大きな被害が出た富山県ではトリミングでもリスクはゼロにならないと、牛の生肉自体の販売自粛を求めている。

 

【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ)  2011年5月15日執筆