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複雑な流通経路が食肉のグレーゾーンを生む。
~えびす食中毒事件から始まった生肉規制の動き~(5-5)

2011.5.20
「焼肉酒家えびす」が引き起こした、腸管出血性大腸菌O111・O157による集団食中毒は拡大を続けている。患者数は109名に上り、死者4名。外食産業の信頼を失いかねない一大事だ。事件の背景、関係省庁・自治体や焼肉業界の対応などをまとめた。5回シリーズ。レポートは長浜淳之介。


牛肉の枝肉は複雑な流通経路をたどって消費者の口に入る。

複雑な流通経路が食肉のグレーゾーンを生む。

 それにしても、昨秋のロース表示問題といい、焼肉業界で次々と問題が起こるのはなぜなのだろう。

 ロース表示問題では、一般消費者が肉屋やスーパーで買うロース肉、つまり背肉が焼肉店では慣行的に売られていないことが判明。景品表示法に触れるのではないかと、消費者庁が適正化するように要求した。

 焼肉店では赤身肉がロースであり、背肉よりも安価なもも肉もロースと表示されていた。しかし、よく調べてみると農林水産省が食肉小売品質基準で背肉をロースという部位名とすると定める以前から、焼肉業界では赤身肉をロースと呼ぶ慣行があったのだ。JAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)は小売店には適用されても飲食店に適用されないから、JAS法上問題はなく、不当表示にあたるかどうか微妙であった。



 結局、今年1月には背肉以外の部位をロースを付けたメニュー名にする場合、「正確情報のための付記事項」として「この料理にはもも肉を使用」などと、消費者が間違わないようメニューに表示することを、業界団体の全国焼肉協会は決定した。

 また、特に使用するケースの多いもも肉は「ヘルシーロース」という新メニュー名を提唱している。焼肉という料理が普及したのは、洋風の食生活が定着した戦後になってからのことだが、焼肉業界には戦後間もなく、闇市のどさくさに紛れて始まり定着化した慣行が未だに生き続けている面があり、良くも悪くも古い体質が温存されている。

 それが現在の消費生活と乖離しているケースが、何かの機会に露呈されてくると、ロース表示のような、消費者庁と焼肉業界のどちらが正しいのか、判断が難しい問題が発生してくる。特に豚肉、鶏肉に比べても高価である、牛肉に関連してくるとややこしい。

 今回の「焼肉酒家えびす」集団食中毒事件では、O111、O157など牛の内臓に普通にいる腸管出血性大腸菌をめぐる食中毒に関し、生肉を提供する場合の注意事項が法制化されておらず、罰則規定がなかったことが問題となっている。

 従来の食習慣では、肉は焼く、煮る、蒸すなど加熱して食べるのが常識になっており、よく加熱すれば細菌による食中毒は防げる。生肉を食べる風習は、日本では一部熊本など馬肉を食する伝統文化を持つ地域以外には、ごく最近までなかったはずだ。

 ところが平成になった頃から、ユッケ、生の牛肉の握り、レバー刺、鶏わさのような生肉メニューが人気を博している。

 そうした食文化の変化に対して法的整備が追いついていない面があり、牛肉と馬肉は内臓も含めて厚生労働省が平成10年9月11日に定めた「生食用食肉の衛生基準」が存在しているものの、周知徹底していなかったことが、今回の死者4名という悲劇に結びついた。

 厚生労働省では早急に罰則規定を含めた法的整備を検討している。今は緊急監視という形で保健所が焼肉店などを立ち入り検査し、衛生基準を満たしていれば生肉提供を認める方針だが、今後対応が変わってくる可能性がある。

 元々ユッケは高級料理で、熟練した職人がつくったものを、通が万が一のリスクを承知の上、食するものだったはずだ。間違ってもファミレス型焼肉店で、子供や高齢者が、衛生意識の低いアルバイトや社員であっても熟練度が低い店員がつくったものを、激安で食べる料理ではなかったのである。

「焼肉酒家えびす」ではユッケをキムチと同じく、とりあえずビールのおつまみのようなものにしたかったのかもしれないが、選ぶ食材が間違っていた。


焼肉酒家えびすは、小盛りで少しずつ出てくるので、いろんなメニューを試したい女性には好評だった。

「焼肉酒家えびす」を経営するフーズ・フォーラスの勘坂康弘社長は、逆ギレ会見で「よその店と同じ肉を使ってユッケを提供して食中毒を出したなら、規制しない国が悪い」と開き直っていたが、よその焼肉店が普通に行っているトリミングをしていなかった。

「トリミングは仕入先の大和屋商店で行うものと考えていた」とも、勘坂氏は言っているが、かかる特殊な契約を結んでいたなら別だが、たとえ卸で衛生基準を満たしたトリミングをしていても、焼肉店で衛生基準を満たしたトリミングをしなければならない。そういった指導が今、全国の保健所を通して行われているところだ。

 衛生基準を満たした施設がどのくらいあるか、実態調査の結果は5月末までにまとめたいと、厚生労働省は考えている。

 勘坂氏の土下座会見を見て、かわいそうと同情し、勘坂氏も国の制度や卸会社の犠牲者と考える人もいるようだが、亡くなった人のご遺族はもちろん、焼肉、食肉業界でそう思っている人がいるだろうか。「焼肉酒家えびす」の営業再開は極めて困難だと思われる。


フーズ・フォーラス勘坂社長の土下座会見

 日本に生食用の牛肉が流通していない理由については、全国焼肉協会の中井孝次事務局長が厚生労働省に問い合わせたところ、「昔は生食用と表示された肉が流通していたがだんだんとなくなっていった。流通が複雑なのが原因ではないか」と答えたとのこと。

 と畜場で枝肉となった食肉は、さらに部分肉となり、小分けされ、極めて複雑な経路を経て、スーパーや飲食店から、消費者の口に入るケースが多い。そうした過程で、生食用として管理し続けるのが困難と判断されたようだ。業界の古い体質がやはりそこにはある。

 しかし、腸管出血性大腸菌などの細菌は表面に付着し、肉の内部には潜んでいないので、衛生的に肉の表面を隈なく削ぐトリミングを行えば、科学的にも食中毒は防げるのである。

「精肉には加熱用も生食用も区別がなく、生肉として出すかどうかは、もちろん衛生基準を守ったトリミングは必要ですが、最終的には飲食店の判断ということです」と中井氏。

 ただし、ハンバーグのようなミンチ肉を使った料理や、くず肉や内臓肉を結着剤で固めた成型肉を使ったステーキなどは、中までよく火を通さないと食中毒が起こるケースがある。食感を重視して生焼けで提供すると危険だ。

 馬肉の場合は、と畜場と加工場が直結しており、しかもダイレクトに近い形で小売店、飲食店に届く経路が確立しているので、生食用が流通している。

 複雑な流通は、アメリカやオーストラリアの牛肉が和牛として売られたり、国産牛が和牛として売られる偽装の温床にもなっていて、BSEを機会にトレーサビリティが導入されてかなり良くはなったが、完全にはなくなっていないと言われる。和牛は肉専用の黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種とそれらの交雑種のみが名乗れるのであって、国産牛の全てが和牛ではない。また、ハラミがカルビとして売られるケースがあるなど、表示問題は実はロースだけでもないのだ。

 今回の「焼肉酒家えびす」食中毒余波を受けて、ホルモン業界でも生食、特にレバー刺を自粛する動きが加速しており、ユッケなどと同様、急速に飲食店のメニューから姿を消している。これも保健所の緊急監視による立ち入り検査で、適合施設と認められれば許可され、認められなければ改善策を実行するまでは自粛し、再度の検査を受ける手順となる。


レバー刺など生ホルモンの自粛も急速に広がっている。

 ただし、レバー刺なども提供を禁じる法的強制力はないから、ユッケと同様に自信があれば出していいのである。

 豚肉と鶏肉は生食の衛生基準すらない。豚肉はSPF豚でも生食には適さないとされており、生で提供する場合はよほどの覚悟が必要だ。

 鶏肉もカンピロバクター菌による食中毒が発生し得る。腸管出血性大腸菌のように死亡するケースは稀だが、お腹は下すので肉の中までよく火を通すほうが望ましい。やはり生で提供するには覚悟が必要。たとえば「鳥貴族」では創業して数年間は「鳥ユッケ」、「生肝」などの生肉メニューを出し好評だったが、保健所にリスクを指摘され、大倉忠司社長は法的強制力はないが辞める決断をしたという。多くの反対もあったが、チェーン店としてのリスク管理を考えてのものだ。


鳥貴族 高円寺北口店。生肉メニューを辞める決断をした。

「本気の朝礼」を行って店員の士気を高め、100円焼肉というコンセプトで、マザーズ上場、全国に300店展開、さらに伝説の焼肉チェーンレストランをつくるという、フーズ・フォーラス勘坂社長の夢は衛生観念の欠如の前に潰えた。いくら優秀なチェーンストアー理論を持ち、店づくりが秀でていても非衛生な店は生き残れない。


フーズ・フォーラス、経営理念・目標・ビジョン

 5月19日16時現在で、有症者165名、重症者22名、死者4名。これだけの犠牲の上に、生肉をどう扱うべきか、飲食業界は真剣に考えなければいけない時期になった。単純に自粛するのでなく、飲食ニーズも考えつつ、議論が高まってほしい。

 

【取材・執筆】 長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ)  2011年5月15日執筆