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フードリンクレポート<全文フリー>


横浜の「ぱあらー泉」、飲食店初の喫煙席で分煙可能な新空調システム導入。

2011.3.8
神奈川県を皮切りに、兵庫県など全国の地方自治体で進行中の公共的施設禁煙化の動き。飲食店でも大きなチェーンや大型店は禁煙または分煙が義務付けられ、中小店にも波及しそうな流れがある。そうした中、空調の改善によって喫煙フロアーの中にいても非喫煙者が不快感を感じない、新しいシステムが開発された。飲食店で導入第1号の「ぱあらー泉」を訪問した。レポートは長浜淳之介。


新システムにより、シートの下方から空気が上方に向かって吹き出す。

少ない換気量でたばこの煙を排気する画期的なシステム。

  横浜市南区の京浜急行電鉄南太田駅前にある老舗喫茶店「ぱあらー泉」では2月23日、飲食業界で初めて、喫煙者と非喫煙者が間仕切りがない同じ空間で、快適な分煙環境を共有できる、画期的な新空調システムを導入した。

「ぱあらー泉」では「喫茶店はたばこを吸う場所でもある」という考えのもと、昭和42年の創業以来、全席喫煙としている。しかし、神奈川県では非喫煙者のたばこの健康被害を抑える趣旨で、今年4月より「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」を施行。「ぱあらー泉」のような小規模飲食店は現状「特例第2種施設」に入り、努力義務にとどまり規制の対象ではないが、今後3年毎の条例見直しの結果次第で、禁煙または分煙を義務付けられる可能性もある。同店ではそうした決定がなされる前に、全席喫煙を継続しながら分煙できる環境をつくったと言えよう。


ぱあらー泉外観。

 この新空調システムは、店舗や商業施設の設計・施工を行うア・ファクトリー(本社・さいたま市南区辻)と、空調設備メーカーのダイキンエアテクノ(本社・東京都墨田区両国)が共同で開発。座席シートの下にエアコンを、天井に排気口をそれぞれ設置し、下方から上方に向かう空気の流れをつくり出して、たばこの煙を効率的に換気するシステムである。


2階に新空調システムが導入されている。

 たばこの煙が横に広がりにくい空気の流れができていて、前後左右の席に非喫煙者が座っていても、不快に感じないレベルにまで店内環境が改善されている。
 一般の空調では、天井にエアコンがあり、排気口もまた天井にある。なので喫煙者がたばこを吸うと、店舗内で新鮮な空気とたばこの煙が混交し、たばこの煙が空間に滞留するため、非喫煙者にとっては煙たく感じる受動喫煙環境が生じてしまう。

 また既存の空調では、たばこの煙を除去して空気をきれいな状態に戻すまでの換気に多大な電気代を要し、しかもニコチンがエアコンに付着するので汚れもひどくメンテナンスが大変である。

 それに対して新空調システムは、少ない換気量でたばこの煙をかき回さず、冷暖房の効き目ときれいな空気環境を実現している。分煙と光熱費の節約が同時に可能で、飲食店にとっては非常に魅力的なシステムではないだろうか。


外気を取り込み常に新鮮な空気が客席に循環する設計。

 開発の背景について、ア・ファクトリー制作部マネージャーの中村保氏は、「JT様と喫煙フロアーの環境を改善する仕事をしていく中で、より効率よい換気をしていくにはどうすれば良いのかを考えるようになりました。工場内に実験用の部屋をつくり、データを取って開発を進めました」と語る。

 ア・ファクトリーでは成田国際空港の喫煙フロアーの環境改善に取り組んでいたが、その最中にJTからたばことエアコンの相性の悪さを何とかできないかと打診を受け、問題解決にあたったとのこと。

 実験の結果を踏まえ、横浜駅に近い横浜市西区高島のたばこ屋「岡村商店」に設置した、喫煙のフリースペースに一度理想と思われる環境を構築。床置き型の空調機を使い、天井に排気口を設置して、下から空気が吹き出して上に向かう気流をつくり、実証を重ねた。

「ぱあらー泉」では今回、1階と2階の2層になっている中で、2階に導入したが、「岡村商店」のシステムをさらにバージョンアップし、スペースで最大何人たばこを吸って煙くないか、隣のテーブルは煙くないかなど、綿密な風量計算がなされている。

 現地を訪問してみると、フロアーの中央にある間仕切り的な壁を挟んで、2列に2つずつのテーブルがあり、それら中央部の計4つのテーブルを囲むように他のテーブルが配置されている。

 客席からは見えない倉庫の壁に新鮮な外気を取り込む吸気口があり、そこから吸った空気はいったん天井の壁の裏にプールされ、そこでエアコンによって温度調整される。温度調整を終えた空気は、フロアーの中央にある間仕切り的な壁に隠されているダクトを通って、中央部の計4つのテーブルのシートの下の外側に設置されている12ヶ所の排気口に振り分けられ、そこから上方に向かう空気が室内に噴出される。


白いフロアー中央の壁の中にダクトが入っている。

 室内のたばこの煙が混入した空気は、下から上に吹き上げられる気流に乗って天井に設置された7ヶ所の排気口より室内から排出され、さらに天井の裏より店舗の外に排気される。

 このような常に新鮮な空気が客席に循環する空調システムとなっており、非喫煙者が喫煙者と隣り合ったテーブルに座っていても不快感を感じない環境を構築している。


たばこを吸っても煙が広がらずこもらない。

 ところで店内にいても、下から上への空気の流れは体感しなかった。これはどういうことなのだろうか。ダイキンエアテクノ環境ソリューション営業部長の石井克典氏によれば、「お客様は風を感じると寒く思われるので、羽根の角度などで調節している」とのこと。


倉庫の中に隠れている吸気口。

 厳密にはたばこの煙は拡散する性質があるので、浮遊する煙を100%除去できるわけではないが、不快感を全く感じないレベルにまでは低減でき、データを取りつつ工夫を重ね精度はどんどん高まっているという。

 喫茶店などの喫煙環境では、従業員が煙くて勤務を嫌がるケースもあるが、こうした環境改善で顧客満足度のみならず従業員満足度も向上できるのではないかと期待される。


顧客の8割が喫煙者。ナポリタンが名物の憩いの場。

「ぱあらー泉」は横浜・南太田の住民の憩いの場として、44年の歴史を持つ。
 常連の顧客が主流で、長らく通う高齢者も多い。男女比は4:6で女性のほうがやや多く、全体の8割がたばこを吸う人だそうだ。

「フォーラム南太田」という公共施設が近くにあり、そこへ習い事に行く人もよく休んでいく。学生は昔はよく来たが最近はあまり来ないとのこと。席数は72席ほどある。

 経営は八亀商事(本社・横浜市南区南太田)で、店長の八亀淳也氏は2代目にあたり、八亀忠勝社長の次男。京急線で2駅先の弘明寺に支店があり、本店の斜め前にあるドイツパンの店「カッセルカフェ」も系列店だ。

 名物は「ナポリタン」(780円)で地元客は「ポラタ」と呼ぶ。ウィンナーが入っているといったくらいの意味なのだそうだ。麺で220グラムほどあるボリュームだ。ランチはコーヒー、紅茶とセットで850円。


名物ポラタとコーヒーのセット。

 また、スイーツではフルーツがいっぱい入った「パフェ」(720円)、「クリームあんみつ」(680円)が人気である。
 コーヒーは地元密着の店らしく、横浜発祥の「キャラバンコーヒー」を使い、苦味と酸味が少なくスッキリした飲みやすいコーヒーとなっている。顧客単価は550円ほど。

 今回、飲食店で新空調システム導入第1号となったのは、八亀店長によればやはり「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」が一番の動機だ。
「今は当店のような小さいお店は努力義務ですが、これから条例が見直されて飲食店が厳しくなっていくのはつらい」と語る。


1階も秋には改装して新空調システムを導入予定。

 実は八亀商店の店舗で条例に先駆けて実験的に全席禁煙にしてみたことがあったが、売り上げは半減してしまったそうだ。喫茶に限らずレストラン、バー、居酒屋、どの業態でも小さなスペースの店が現在の基準で分煙にしようと思うと、煙をシャットアウトするために間仕切りを設置するなどしないといけない。これは工事費がかさむだけでなく、スペース的にも狭すぎて難しいケースも多い。

 そうなると全面禁煙にせざるを得ないが、元々喫煙する人の溜まり場だった場合は、顧客が来なくなって営業が成り立たなくなってしまうのだ。


八亀父子の熱意によって革命的な新空調システム導入へ。

 そうした悩みを抱えている時に、2009年10月に開催された「第38回喫茶・スナック・レストラン展」(主催・神奈川県喫茶飲食生活衛生同業組合)に出展された、ア・ファクトリーとダイキンエアテクノの斬新な空調に注目し、こういう解決法もあると知って率先して入れることになった。

 創業者の八亀社長は、同組合の理事長のほか、全国喫茶飲食生活衛生同業組合連合会会長などの業界団体の要職を務めており、業界への影響力も大きい。

 八亀父子は「全面禁煙を主張している方たちにも来てもらいたい。役所の方、同業者ばかりでなく、パチンコ屋の団体も興味を持っていただいています」と、実際にこの新しい喫煙者と非喫煙者が共存できる環境を、多くの人に体験してもらいたいと口を揃える。


左は八亀忠勝社長、右は八亀淳也店長。

 体験した人の生の声が刺激になって、さらなるシステムの改良が進む。そうした好循環が生まれることを期待している。

 2月23日のリニューアルオープンの前には、工事のため2週間ほど休業した。そして23日には午前中から多くの関係者、常連たちが集まり、新しいシステムを体験した。それぞれのテーブルの灰皿はたばこの吸殻の山となっていたが、終業時近くの夜となっても室内にたばこの煙は全くこもらなかった。新空調システムの評価は上々で、秋の11月頃には1階にも導入する予定となっている。

 導入には1000万円ほど投資したが、今後採用する店舗が増えるとコストも下がる見込み。
「役所に認知していただいて、中小の業者でも分煙化できる新空調システムが導入できるように、補助金が出るようになれば嬉しい」(八亀店長)。

 八亀父子の熱い思いによって導入なった、床から天井に空気の流れをつくる新空調システムは、エアコンを稼動させなくても、屋外の空気が店内に流れてきて店外に排気されるサイクルがあるので、常に空気が新鮮な状態に入れ替わる仕組みになっている。それゆえ省エネであり光熱費のランニングコストが抑えられる。

 現状確かに投資額は大きいが、このシステムがさらに精巧になると、受動喫煙の健康被害を議論する時に、公共の場で禁煙が必須とか、分煙には煙を吸わないように完全な間仕切りが必要といった認識は改まってくるのではないかと思う。

 受動喫煙問題の解決を目指し省エネを実現した新空調システムが、新しい飲食店の空調のスタンダードになる日も近いのではないだろうか。

●店舗データ
ぱあらー泉
住所/横浜市南区南太田1-27-10
電話/045-713-7722
営業時間/8:00~21:00
休日/なし



【取材・執筆】  長浜 淳之介(ながはま じゅんのすけ) 2011年3月1日執筆


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